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2005/12/10




NYPD ブルーウォール
ブルックリン:ジャマイカ移民の街




11月28日午前3時、ニューヨーク市ブルックリンで警官が撃たれ、亡くなった。今年、ニューヨーク市で勤務中に撃たれた警官は8名だが、死亡したのは、このディロン・スチュワート警官(35歳)が初めてだった。


スチュワート警官はブルックリンのイーストフラットブッシュ地区にある70分署に属し、界隈で最も治安の悪いエリアを重点的にパトロールする勤務に就いていた。


その夜、フラットブッシュアベニューとチャーチアベニューの交差点でスピード違反車を見つけたスチュワート警官は、逃走する違反車を追跡。違反車は周辺を二回りして元の交差点に戻った。その地点でスチュワート警官は違反車の真横にパトカーを付けた。


違反車を運転していたとされるアラン・キャメロン(27歳)は車の中からパトカーに向けて5発撃ち、そのうちの一発がディロン警官に命中。ディロン警官は防弾チョッキを着ていたにも関わらず、真横から撃たれたため、弾丸は脇の下から入って心臓に命中したのだった。通常、警官は、容疑者の車の後部にパトカーを停め、真横に停めることはしない。今回のような事態を防ぐためだ。


その場を振り切って逃げたキャメロンは、数時間後の朝8時に、知り合ったばかりだというガールフレンド(21歳)のアパートで逮捕された。




■NYPD vs. 警官殺害犯


スチュワート警官、キャメロン容疑者、共にブルックリン出身の黒人だった。


アメリカでは黒人と白人の間に摩擦があることは周知の事実だが、警察と、警官に危害を加えた犯罪者との間には、人種を超えた、別の種類の憎しみがある。


アメリカの警官は、常に危険と隣り合わせ、文字通り命懸けの職業だ。ゆえに警官同士の連帯感は強く、警察内部の結束は非常に固い。警官が犯罪者に負傷させられたり、さらには殺害されると、全組織上げての大捜査が繰り広げられる。逆に、警官が捜査上で過失を冒しても、それを外に漏らさないことでも知られている。このバリアを、警官の制服の色にちなんで“ブルーウォール”と呼ぶ。


今回のスチュワート警官殺害事件も、NYPD(ニューヨーク市警)の逆鱗に触れたことが、報道から容易に見て取れる。


逮捕の翌日にキャメロンが警察署から裁判所に連行される時の写真を見ると、左目の上に絆創膏がある。前日の逮捕時の写真では見られなかったものだ。着ているグレーのフーディー(フード付きスウェット)には少量の血痕があった。


この時、パトカーに乗せられようとしているキャメロンに、ニュースリポーターがインタビューをしている。普通なら警官が遮断し、容疑者に答えさせることはしない。しかし、この時は誰も遮ることをせず、うなだれ、つぶやき声のキャメロンの返答がニュースでオンエアされた。


リポーター:警官を撃ったのは、あなたですか?
キャメロン:ノー、サー。オレはやってない。
リポーター:警官の遺族に対して、どう思いますか。
キャメロン:気の毒に思うよ……


キャメロンは痩せ型で身長200センチの27歳だが、その心もとない表情や答えぶりは、まるで非行を犯し、補導されて途方に暮れる10代の少年のようであり、とても成人犯罪者の態度には見えなかった。


後日、リポーターがライカーズ刑務所を訪れ、キャメロンにインタビューをしている。ニューヨークタイムズ掲載のリポート記事によると、キャメロンは警察署内で数人の警官にはがいじめにされて殴る蹴るをされ、一人の警官から「お前はオレのパートナーを殺した。お前は死ぬんだ」と言われたと語っている。キャメロンの前歯は折れていたという。


さらに後日、キャメロンは刑務所から病院に搬送されている。警察の発表によると、キャメロンは刑務官に暴力をふるい、そのために刑務官がキャメロンを制する必要があったとのこと。


キャメロンが初出廷した日の裁判所、スチュワート警官の通夜と葬儀、いずれも数百人の警官が詰めかけた。人数では白人警官が黒人警官を上回っていたが、黒人警官たちは募る恐怖を語っていた。「2003年以降に死んだ警官5人のうち、4人が黒人だ」


ニューヨーク州では死刑は廃止されているが、パタキ州知事と、リンチ警察組合長はキャメロンへの死刑執行を訴えている。




■警官が市民を射殺


この事件の報道が一段落した12月9日に、2年半前に起こった別の事件の量刑が出た。ニューヨーク市チェルシー地区で海賊盤業者を捜査中の警官が、まったく無実で、ただ現場に居合わせただけのアフリカ移民
オスマン・ゾンゴを誤って射殺した事件だ。(NYPD 再び〜繰り返される警察暴力) (声を上げ始めた西アフリカ移民


警官は刑務所行きを逃れ、5年間の保護観察と、500時間の地域奉仕の刑を言い渡された。アフリカからやってきていた遺族は「それは正しくない」と語った。




■警官も犯人も移民〜移民の街ニューヨーク


今回の事件のアラン・キャメロン容疑者(27歳)と、ディロン・スチュワート警官(35歳)は、共にジャマイカからの移民だった。


スチュワート警官は、子どもの頃に両親・姉妹と共にジャマイカからブルックリンに移住。大学卒業後から5年前まで公共ラジオ局の会計士だった。妻と、当時生まれたばかりの長女の将来を考え、給与の上がる警官になることを決めたという。警官は体力の必要な仕事でもあり、30歳で転身することは稀。一家は数年前に郊外の静かな街に引っ越している。4ヶ月前に二人目の娘が生まれていた。


キャメロン容疑者も、中学生の頃に一家でジャマイカからブルックリンに越している。ニューヨークでは職業学校で車の修理を少し学んだ以外は学校に通っておらず、わずかな収入でパーティ三昧の日々を送っていたという。前科があり、逮捕時は保護観察中だった。


さらに、逮捕後に新たな罪状が次々と警察から発表された。車の中から53ヶのマリファナの小袋が見つかり、射殺事件の数日前に非番中の警官を強盗した罪にも問われている。


キャメロン本人は「朝から晩までマリファナやってた。ゲットーでは誰でもやってるように」「オレはジャマイカ人だから、ハードドラッグはやらない」「逮捕時も吸っていたが、53袋なんて持っていなかった」と言っている。スチュワート警官射殺に関しては、もちろん、無罪を主張している。


スチュワート警官は、撃たれた後に搬送された病院で、妻と姉と妹に看取られて亡くなった。


キャメロンが、逮捕2日後に刑務所で異例のインタビューを受けた理由は「(リポーター以外に)面会に来てくれる人なんか誰も居ないから」だった。






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文:堂本かおる