NYBCT

1999.10.10

ブラック・キッズの野球離れ



 
「野球は退屈なんだよ、のろくてさぁ。バスケはもっと速いぜ」…ショーン・タイソン(23才/ニューヨーク・ブルックリン)

「9回は長すぎる。たぶん5回に縮めるべきなんだよ」…ショーン・メイナード(19才/ニューヨーク・ブルックリン)

「派手な音楽とか、チアリーダーとか、なにかショーを付け加えれば?」…リショーン・スウィア(17才/ニューヨーク・ブルックリン)

アメリカ大リーグのプレイオフはニューヨーク・ヤンキースとニューヨーク・メッツが好調で、このまま行くとひょっとしたら今年のワールドシリーズは1956年以来のニューヨーク対決になるかも知れない。ニューヨーカーたちはそれを「サブウェイ・シリーズ」と呼んで多いに盛り上がっているらしい。(ところでアメリカ1を決めるのが何故“ワールド”シリーズなのか。アメリカ人の尊大さを物語ってますな)
ところが、である。黒人少年たちのあいだでは野球人気は下降の一途。冒頭の気のないインタビューはニューヨークタイムズの記事からの抜粋であるが、彼らに人気のあるスポーツはバスケットボールとアメリカン・フットボール、野球は3番目で、続いてアイスホッケーらしい。(ちなみにサッカーについては「サッカー? オーストラリア人にでも訊いてくれよ」とのこと)

かつて1920年から1960年にかけて、アメリカには黒人プレイヤーのみで構成されたニグロ・リーグなる野球リーグがあった。野球はその頃からアメリカの国民的スポーツであったにもかかわらず、大リーグは黒人プレイヤーの参加を許していなかった。だから黒人たちは幾多の障害と困難を乗り越えて自らニグロ・リーグを創り上げた。彼ら黒人も白人に劣らずベースボールを愛していたのである。やがてニグロ・リーグからも当然のようにスーパースターが生まれだし、大リーグもその人気と実力を無視することはできなくなって、1947年にとうとうジャッキー・ロビンソンを初の黒人大リーガーとして迎え入れている。以後、大リーグで活躍する黒人選手がどんどん増え、ニグロ・リーグは1960年に解散している。

ところが近年の黒人若年層の野球離れ。理由はいったい何? ひとつにはアメリカに限らない、世界共通の「スピーディーで刺激の強いもの」を求める傾向。少年たちのインタビューでの発言がそれを表している。しかし、もっと根源的な理由があるのだ。

ニューヨーク等の都市部で黒人が通う公立学校には野球が出来るほど広いグラウンドがほとんどない。加えて野球にはバット、グラブ、プロテクター等、様々な道具が必要だ。予算かつかつの公立学校ではその全てをまかなえないし、まして少年たちの親にも買い揃えられるはずがない。だから少年たちは手頃なスペースとボール1ヶでできるバスケットボールに熱中し、やがて才能ある者は地元高校チーム、有名大学を経てNBLで大スターとなる。一方、日本の高校野球にも匹敵する人気のリトル・リーグ野球は、そのチームの90%が郊外の白人地区にあり、黒人少年には参加のチャンスがほとんどない。

その結果としてプロ・バスケおける黒人選手の比率は80%、アメフト70%と非常に高いのに対して野球は17%、しかも黒人選手の減少に伴い、ドミニカ共和国等のカリブ海諸国からやってくるヒスパニック選手の比率は25%に上昇している。
引退した元トラック運転手で、かつてはニューヨーク・ジャイアンツ・ファン、ジャイアンツのサンフランシスコ移転後は熱心なヤンキーズ・ファンとなったフランク・ジャイルス(81才/ニューヨーク・ブルックリン)は語る。「私が若かった頃は黒人はプレイできなかった。それがジャッキー・ロビンソンが登場した途端、急に数えきれないほどの黒人選手がぞくぞくと出て来たんだ」ここで一息ついた老人は続ける。「それが今じゃラティーノだ。数えきれないほどいるだろう」
ブラック・キッズにとって憧れの選手がいない現在の野球は魅力薄なのだ。
 

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