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2003/01/08

黒人社会の過去・現在・未来
Black Future Month



 毎年2月は「ブラック・ヒストリー・マンス」、つまり黒人史月間であることから、ハーレムはもちろんのこと、全米で黒人の歴史をフィーチャーしたイベントが大小さまざま行われる。1月半ば辺りからはそれらの告知も始まるが、今日ハーレムで早くも「ブラック・ヒストリー・マンス」にひっかけた企業の広告看板を見かけた。黒をバックに白抜きで <Black History Month> と書かれているのだが、History (歴史)の部分が線で消され、代わりに Future (未来)と訂正してある。


 <Black Future Month> (黒人未来月間)ー そうそう!そうでなくちゃ!と看板に向かって密かに喝采を送ってしまった。というのも、毎年2月になるたびに、歴史を綴ったイベントやら書籍、テレビ番組などを楽しみつつも、こんなに過去ばっかり振り返っていていいのかなぁ、将来の展望も少しは聞かせてよ、と不満に思っていたのだ。


 もちろん、温故知新という言葉は、国・人種・エスニックを問わず当てはまる。堅実な未来を築くには過去の出来事を知っておくべきだし、特にアメリカの黒人にとって奴隷制は<歴史>であると共に、その後遺症がいまだに目に見えないかたちで続いていることから<現在>であると言ってもいいかもしれない。しかし、黒人の中の一部、特に1950〜60年代の公民権運動を体験している世代の中には、<過去>と、そこから来る<痛み>だけを延々と語り続けているグループがある。自分たちが否応なく背負わされてきた過去に対する怒りから、永久に脱出できないでいるのだ。


 一方、若者の<現在>はどうなっているのだろう。こちらに関しては、あまりに刹那的な若者が多いように見える。高校をドロップアウトして毎日ストリートにたむろし、いつかレコード会社に見いだされてラッパーとしてデビューし、億万長者になることを<待っている>。もしくは、そんな夢すら持たずに、ただ日々をのんのんと過ごしている。いずれにしても、幾つになっても母親の家に居候し、気が向けばガールフレンドのアパートに、自分が生ませた子供の顔を見に行く。金がなくなれば、日本人の女の子をひっかけて適当に貢いでもらう。


 これはあまりにもステレオタイプ化した黒人若者像のように見えるかもしれないし、実際はそんな友人たちを反面教師と見なし、堅実な将来のために驚くほどの努力をしている若者たちもいる。けれど、なんの目標も展望もなく人生を送っているタイプが多いことは、紛れもない事実なのだ。実は、彼らがこういったライフスタイルを持たざるを得ないことにも、それこそ<歴史>を背景にした理由がある。彼らがゲットーで生まれたのは、親の世代、その親の世代、それ以前の世代…が背負ってきた歴史ゆえだ。そして、ゲットーに生まれ落ちたということは、人生のスタート地点からハンデを背負ってしまったということ。だからこそ、彼らもまた内には怒りを秘めている。しかし、その本当の理由や昇華法が分からずにいるのだ。


 つまり、ここには二組の怒れるグループが存在する。白人社会と真っ向から闘い、生真面目に怒りを表してきた公民権運動世代と、自分の抱えている怒りの理由や矛先が分からないままに迷走し続けるヒップホップ世代。しかしながら、この二組は怒りという共通項を持ちながらも、お互いの意思の疎通はほとんどない。これが現在の黒人社会に見られる大きな問題のひとつ、ジェネレーション・ギャップである。大人の企画する黒人史イベントには、若者はめったに顔を見せない。



 では、公民権運動世代が<過去>だけにとどまらず、経験をベースに設計した<将来>を語り始めれば、そして、ヒップホップ世代が<現在>だけに生きることを止めて、現在の状況を知る者としての視点で現実的な<将来>を考え始めたとしたら、そして、この二組が歩み寄り、共同でプロジェクトを始めたら…。


 差別、貧困、家族制度の崩壊、真の男性性の欠落と、その反動としての見せかけのマッチョイズム、暴力、麻薬…黒人社会はいまだに数え切れないほどの問題を抱えている。これらは一朝一夕で解決できるものでは、もちろんない。それでも、そろそろ<過去>への執着を止め、<今>にだけ生きることを止め、<未来>を考え、語り始める時期に来ているのではないだろうか。看板にあった<Black Future Month>という言葉は、宣伝文句とはあなどれない、黒人社会の問題の本質を突いたものだ。もっとも、このキャッチフレーズが書かれていた大看板は、日本の自動車メーカー NISSAN のものではあったのだが。


お知らせ その1

 アメリカが対イラク戦争を始める気配がいまだ濃厚な中、折しも朝日新聞社発行『論座』2月号(1月4日発売)では、「アメリカの正義、人類の未来」と銘打った特集を掲載しています。その中で、私も「黒人にとっての9.11とブッシュ政権」という記事を書いています。


 ご存じのようにアメリカという国は、<アメリカ>と一括りにはできない多様性を持っています。中でも特殊な歴史と背景を持つ黒人コミュニティ=ハーレムの人々が9.11テロ事件とブッシュ政権をどう受け止めているかを書きました。さらには、外部にはなかなか知られることのないハーレム内部の変化にも迫っています。書店に立ち寄られた際には、ぜひ手にとってご一読くださるようお願いいたします。


以下で特集の他の著者と記事の目次がご覧になれます。
http://www3.asahi.com/opendoors/span/ronza/backnum/f200302.html


お知らせ その2

 友人であるブルースマン、テッド・ウィリアムスが来日します。彼の人生を描いた芝居と、テッド本人によるブルース・ライブのコンビネーション・ステージです。貴重!お見逃しなく!


黒人ブルースを聴く『僕のフロイド・リー物語』
2003年1月25日(午後7時〜)、26日(午後2時〜)

作・構成・演出:大谷賢治郎
出演:フロイド・リー(テッド・ウィリアムス)、クララ・エドワース、大谷賢治郎、Mitsu(AND SUN SUI CHIE)ほか
美術:久保孝造

哀しみだけではなく、生きることの諧謔の歌ブルース
 ニューヨークで活躍するブルース・シンガー、テッド・ウイリアムス(本名フロイド・リー)がゴスペル・シンガーのクララ・エドワースとともに来日。ブルースに魅せられた日本の青年とテッドとの交流から生まれた音楽、演劇、絵画によるコラボレーション。共演はニューヨークで3年に渡り、テッドと地下鉄ライブを共にしたMitsu(AND SUN SUI CHIE)ほか

【料金】前売3000円/当日3500円/学生2000円
【予約・お問い合わせ】 シアターΧ (カイ):03-5624-1181
http://page.freett.com/theaterX/0301.htm#blues



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