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2003/03/05

ハーレム135丁目の風景#04
いまだ冬のハーレム


 日中でも氷点下という厳しい寒さの続いたニューヨークも、今日、朝方に降っていた雨が止むと、ついに暖かいと感じるまでに気温が上った。ダウンジャケットを着ていると、ちょっと汗ばむ感じ。こんなことって、いったい何ヶ月振りだっただろう。


 ふと、夏のハーレムを思い起こした。ハーレムの夏はカラフルで、にぎやかで、初めて訪れる人にも忘れられない印象を残す。けれど冬のハーレムにも、どこかのんびりとノスタルジックな、独特のフレイバーがある。


 ハーレム135丁目に地元の人に人気のあるダイナーがある。ダイナーとは、いうなれば大衆食堂。カウンターで手早くランチを食べる人もいれば、顔なじみのウエイトレスや、カウンター席で隣り合わせた客と延々と世間話をする人もいたり。私もここで時々食事をするし、テイクアウトのコーヒーを買うことも多い。


 1月のとても寒かった日。仕事に出掛ける途中でこの店に立ち寄り、テイクアウトのコーヒーを頼んだ。いつもは紙コップのコーヒーを小さな茶色い紙袋に入れて渡してくれるのだけれど、この日、若いウェイトレスは熱いコーヒーをなみなみと注いだ紙コップを私に手渡しながら、「これを両手で持っていれば温まるわよ」と笑った。


 別のある日の夕方、なんとなく甘いものが欲しくなって仕事帰りにこの店に入り、小さなアップルパイを、やはりテイクアウトで注文した。代金2ドルを払おうとサイフを開くと、なんと、ほとんどからっぽ。銀行に行くのを忘れていたのだ。最後の1ドル札と小銭をカウンターに広げる。2ドルにはやはり足りない。いつもレジに立っている大柄な男性は、「いいよ、あるだけで」と言いながら、パイを包んでくれた。


 今年2月にニューヨークは記録的な大雪に見舞われた。ブリザード(雪嵐)の前日、空は既にどんよりと曇り、かすかに雪の匂いがするよ、なんて言う人もいた夕刻。ハーレム135丁目の地下鉄駅で改札機にメトロカードを通そうとした瞬間に、背後から「ヘイ!元気だったかい?」と声が飛んできた。振り返ると、黒いダウンジャケットにニットキャップの中年男性。ポケットの中のメトロカードを探りながら、満面の笑みで私に話しかけている。私が「元気だったよ」と答えると同時にホームに列車が入ってきた。まだカードを見つけられないでいる男性は「急いで!」と私に言う。改札機を通り抜けて車両に飛び乗る私に、「良い一日をな!」という男性の声が追いかけてくる。私が「あなたもね!」と返すと、ドアが閉まる寸前に彼が「サンキュー!」と言うのが聞こえた。


 私はこの男性に会ったことはないし、再会することも、おそらくない。けれど、ハーレムでは時々こんな会話が自然発生する。ハーレムとは、こんな街。不便なこともそれなりにあるけれど、暮らしてみれば日々少しずつ、その良さが染みこんでくる街。


 天気予報を見ると、今は深夜で、それでも6度の暖かさ。ところが、明日の朝にはまた雪が積もると言っている。



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