NYBCT

2003/03/12



銃撃事件とプロジェクト



 3月9日、10日に凄惨な銃撃事件がニューヨークのあちこちで3件起きた。犯人はいずれも黒人男性だが、被害者は黒人の若者、警官、移民労働者とさまざま。しかし1件ずつ丹念に見ていくと、その背景には共通因子が確かにある。


 3月9日(日)未明、タイムズスクエア42丁目にあるゲームセンター“ブロードウェイ・シティ・アーケード”の2階にあるダンスフロアで銃撃事件があった。居合わせた客8人が撃たれ、2人が刺されたが、幸いにも死亡者はなし。17歳、20歳、21歳、21歳、22歳の5人が逮捕された。全員黒人男性。


 この5人は、クイーンズ・ファーロッカウェイ地区にあるふたつのプロジェクト(低所得者用の公共団地)の若者たち。オーシャンビュー・ハウスとエッジメア・ハウスというプロジェクトに住む若者たちは以前からお互いをライバル視しており、この日、偶然このダンスフロアで鉢合わせとなり、事件は起こった。


 このゲームセンターがある42丁目(7番街と8番街の間)には、ふたつのシネコン、ミュージカル「ライオンキング」の劇場、B.B.キング経営のライブハウス、いくつものレストラン、サンリオショップや吉野家まであり、昼間は観光客と映画を観に来るニューヨーカーで溢れている。しかし、夜間は一転して若者たちのたまり場となる。ニューヨークの治安が、単に場所だけでは説明できない事情がここにある。



 3月10日(月)、ブルックリンのベッドフォード・スタイブサンド地区アトランティック・アベニューにあるコインランドリーの店員が強盗に射殺された。


 犯人は逃亡中だが、NY市警は他の3件の強盗殺人事件と同一犯人だと発表。そのうち2件は、メルマガ#146「ラティーノ〜黒人を上回ったマイノリティ」で触れた、2月8日にクイーンズ・オゾンパーク地区とブルックリン・ミルベイジン地区で起こったもの。もう1件は3月1日にブルックリン・イーストニューヨーク地区で起きている。


 NY市警が公表した犯人の人相書きは、ふたりの若い黒人男性。計4件の被害者は、ガイアナからの移民男性43歳(スーパーマーケット・マネージャー)、インドからの移民男性50歳(食料品店経営者)、イタリア系アメリカ人男性37歳(自動車部品店マネージャー)、ロシアからの移民男性32歳(コインランドリー勤務)。防犯ビデオに残された映像によると、犯人は強盗目的というよりも、ただ人が殺したかっただけのように見えるという。被害者はいずれも地道な仕事についている市井の人たちであり、許しがたい犯行だ。


※この記事は3月12日未明に書いたが、12日付けニューヨークタイムズにほぼ同内容の記事が掲載された
http://www.nytimes.com/
The Only Motive Seems to Be Murder By SHAILA K. DEWAN



 同じく3月10日(月)の夜、スタテン島のトンプキンズヴィル地区にあるプロジェクト、ステイプルトン・ハウスで、銃密売グループから銃を買おうとした覆面捜査官ふたりが射殺された。犯人たちは逃亡したが、NY市警は事実上スタテン島を封鎖、大量の警官を投入して大掛かりな捜査を展開した。最終的に5人が逮捕されたが、うち3人はNY市警の捜査をくぐり抜けてマンハッタン、ブルックリンへ渡っていた。


 逮捕されたのは、警官を射殺したとされる19歳の他に、16歳、18歳、21歳、年齢未詳の5人。全員黒人。亡くなった警官ふたりは34歳と36歳、共に黒人。それぞれ2人と3人の子供がいた。なお、NY市警の警官が殉職したのは、9.11テロ事件を除けば1998年以来。



3月14日の発表では犯人のプロフィールは以下のように変わった。(ディアスはラティーノ、他は黒人)

 二級殺人罪
  オマー・グリーン(18歳)グループリーダー
  ミッチェル・ディアス(16歳)凶器提供
  パリス・ブロック(23歳)凶器隠匿

 一級殺人罪
  ロネル・ウィルソン(20歳)射殺実行犯

 検事に協力、大陪審で証言予定
  ジェシー・ジェイコブス(17歳)

 
 殉職警官
  ジェームズ・ネモリン(36歳)
   21歳でハイチから移民
   妻、7歳・5歳の息子、1歳の娘

  ロドニー・アンドリューズ(34歳)
   11歳・12歳の息子

 




 麻薬や銃の密売グループはプロジェクトを根城としていることが多く、高校をドロップアウトした十代の少年が末端の構成員として働いている。4件の強盗殺人事件の犯人たちも低所得家庭の出身であることはほぼ間違いない。筆者の憶測ではあるが、プロジェクト育ちの確立もかなり高いと思える。



 これらの犯人には弁解・擁護の余地は一切ないが、こういった事件があとを断たない理由として、やはり貧困、特にプロジェクトという、若者が育つにはあまりに過酷な環境を考えざるを得ない。いくら親や本人が真面目に生きていても、自宅から一歩出れば、そこにはドラッグディーラーが居て、少年たちを“リクルート”するのだ。また、密売組織には加入しなくとも銃は簡単に手に入るし、強盗をうまくやりおおせて小金を手にした者を目にすることもある。十代の不安定な時期に、こういった誘惑の多い環境に感化されずにいるのは相当に難しい。一見ショッキングな、しかし「犯人はまた黒人だよ」で片付けられる銃撃事件には、実はこういった背景がある。






<データ> 

ニューヨーク市には345ヶ所・2702棟のプロジェクト(低所得者用公共団地)があり、そこに17.4万世帯・41万人が暮らしている。(NY市のホームページより

ニューヨーク市の人口は800万人なので、5%がプロジェクト暮らしということになる。しかし実際にはプロジェクトに住んでいるのは圧倒的に黒人とラティーノ。

そこで黒人+ラティーノ人口(412万人)で計算すると、黒人とラティーノの10人にひとりはプロジェクト暮らしということになる。



<参考> 

プロジェクトの麻薬密売組織の様子は、ケーブルテレビ局HBOのドラマ『The Wire』で描かれている。しかしプロジェクトには一般市民も暮らしており、彼らが犯罪組織と同居せざるを得ない実情は映画『Hardball』で観ることができる。(キアヌ・リーブスがプロジェクトの子供野球チームの監督となる話。映画自体の出来はさほど良くはないが、プロジェクトの内情は詳しく描写されている)



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