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2003/08/08




黒人貧困家庭の在り方
崩壊家庭ー助け合う親族


 8月8日(金)の朝、ブルックリンにあるプロジェクト(低所得者用公営団地)で、3歳の男の子が、9歳の従兄弟(いとこ)に頭を撃たれて重体となっている。


 この朝、9歳の少年は、同居している17歳の親戚の少年のベッドの下に潜り込み、なにかの写真を探していたという。ところが写真の代わりにマットレスとベッドのフレームにはさまれた拳銃を発見。それを取り出し、おもちゃと思って撃ったところ、目の前で遊んでいた3歳の男の子の頭に命中。ベッドで寝ていた17歳の少年は銃声で目を覚まし、事態を悟るとアパートを飛び出し逃亡。しかし、その日の夜に逮捕された。拳銃は17歳の少年のもので、少年はギャングのメンバーだった。15歳の時に強盗で2回、逮捕されている。


 これが事件の顛末で、3歳の男の子はいまだに生死の境をさまよっている。まだよちよち歩きの従兄弟を撃ってしまい、「こんなつもりじゃなかった」と泣きじゃくったという9歳の少年は、幸いなことに罪には問われないという。ニュースで報道された3歳、9歳、17歳、及び親の名前から察するに、一族全員がアフリカンーアメリカン。17歳の少年は写真が公開されており、外観は黒人だがロドリゲスというラティーノ姓。おそらく両親がアフリカンーアメリカンとラティーノの取り合わせなのだろう。


 この悲惨な事件が起きた理由は、簡単に考えると以下のように思える。

(1)10代の黒人/ラティーノ・ギャングの蔓延・横行
(2)銃があまりにも簡単に、しかも安価で手に入る環境


 しかし、新聞の記事をよく読むと、この一家の家族形態の複雑さに気が付く。このアパートで暮らしているのは、被害者となった3歳の男の子と、その母親(23歳)、3歳の男の子の従兄弟にあたる9歳の少年と、その父親の計4人。3歳の男の子の父親は別居している。17歳の少年はこのアパートに時々住んだり、いったん出ては戻ってきたりを繰り返していたといい、近所の住人は「他の親戚も出たり入ったりしていた」と証言。事件当時はアパートに親戚の男性(43歳)もいたが、同居はしていない。17歳の少年も、43歳の男性も“親戚”とだけ書かれており、警察も実際の血縁関係をまだ確かめられていないという。


 この家族は極端な例としても、貧しい黒人家庭には似たようなケースがよく見られる。“両親”“子ども”“祖父母”といった直系の家族以外に、“いとこ”“叔父・叔母”または“親戚”という人物が同居している。実際に血縁関係がある場合がほとんどだが、時には誰かの結婚(未入籍の関係も多い)による繋がりで“親戚”となった人物の場合もある。


 こういった親族による同居現象が起こる理由は

(1)貧困:それぞれの人物が経済的に自立できていないために、家を失った親族を、他の親族が一時的に引き受ける


(2)婚姻制度の崩壊:シングルマザー家庭が極端に多く(離婚・死別による場合もあるが、圧倒的に未婚の出産によるケース多い)→新しい恋人との同居→恋人にも連れ子があったり、時には恋人の親族の面倒まで見る場合もある。また、シングルマザーも経済的に苦しいことが多く、親族が多少なりとも家賃を払うなら同居(間借り)させる。


 黒人の親戚付き合いの広さ・絆の強さはよく知られている。上記の事件でも、総勢30人の親戚が病院に駆けつけ、3歳の男の子の無事を祈っているという。つまり、お互いに困った時には助け合うという精神があるのだ。このことと矛盾しているようだが、家族にどうしようもないメンバーがいる場合、容赦なく家から追い出してしまうこともままある。事件の17歳の少年の家庭については報じられていないが、15歳の時にすでに強盗事件を起こし、ギャングのメンバーである息子を、親が愛想をつかして追い出したことは充分に考えられる。また、なにかトラブルを起こした時だけ親とケンカになり、家を飛び出して親戚や友人の家を泊まり歩いているというパターンも考えられる。(親がおらず、親戚に育てられたケースも考えられる) いずれにしても、23歳の母親は自身も貧しいにもかかわらず、こういった行き場のない親戚たちを自宅に泊まらせているのだ。少なくとも、17歳の少年から家賃を取っていたとは思えない。


 これは貧しい黒人社会(注:近年、黒人社会がすべて貧しいわけではない)が、貧しさゆえに保っている素晴らしい寛容さだといえるだろう。その一方、結婚制度がもう少し定着し、経済的にも潤っていれば、“両親+子ども”という形態の家族がもっと多いはずだ。そうすれば親が子どもを監視することが容易になる。シングルマザー家庭で母親が働いてたり、もしくは生活保護で暮らし家庭にいるとしても、4人も5人もの子どもがいて、なおかつ雑多な人間が家に出入りしていれば、どうしても母親は子どもに100%目を配れない。同居していたり、居候していたりする人間も親族なので当然子どものことは気遣うが、そもそも本人が問題を抱えており、子どもにとって必ずしも良い環境とはいえない。


 「片親=子どもにとって不十分な環境」といっているわけでは決してなく、ただ、ここにはアメリカの貧しい黒人社会に特有の他の問題〜暴力(ギャング)、特に男の子にとっての男性ロールモデルの不在など〜が、いくつも重なりあっているのだ。


 先にも書いたように、17歳の少年の家庭の事情は分からないので断定はできないが、おそらくは問題のある家庭だと思われる。それが仮に落ち着いた家庭環境であったとすれば、少年はギャングにならなかったかもしれない。もしくは少年は自宅に留まり、親戚の家には寝泊まりしなかったかもしれない。もし9歳の少年の家庭が落ち着いていれば、両親は銃の危険性を教え、たとえおもちゃに見えても触るなと教えることができたかもしれない。


 黒人女性のシングルマザー現象の根本的な理由は貧困であり(男性に充分な収入がない。時には職を見つけることさえ難しい)、貧困のいちばんの犠牲者は、子どもなのである。もちろん、アメリカでは両親の揃った豊かな家庭にもそれなりの問題があるし、白人家庭でも離婚率は異常に高く、“再婚”→“連れ子”の現象がある。しかし今回のような事件は中流以上の白人家庭ではめったに起こらない。3歳と9歳の男の子が今回の事件の被害者であることは間違いないが、ギャングのメンバーとはいえ未成年の17歳の少年は、果たして加害者なのだろうか、それとも被害者なのだろうか。


このエッセイの英語版はこちら



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