NYBCT

2000/02/18

ハーレムYMCA/子供コンピュータ教室


午後4時。おやつを食べ終えた子供たちがハーレムYMCAのサイバーラボにやってくる。サイバーラボと言えば聞こえは良いけれど、今のところは化石のようなコンパックが、ただ9台並んでいるだけ。いまだにWindows 95が入っていて、インターネット・アクセスさえしていない。非営利団体であるYMCAの予算は厳しいのだ。


でも今日のクラスは6,7才の子供たちで、彼らはそんなことは気にしない。コンピュータに触れるだけで楽しくて仕方ないのだ。


まずは講師のメリル(Merle)が分解中のコンピュータを見せ、「これがコンピュータの内臓(guts)よ」とマザーボードを差し示す。子供はこんな言葉が大好きだ。途端に口々に「内臓! 内臓!」と騒ぎ出す。メリルがあわてて訂正する。「いいえ、これはコンピュータの 頭脳(brain)です。内臓じゃありません!」


とりあえず落ち着きを取り戻した子供たちに、まずは自分の名前と年齢、日付を入力させる。最近の黒人の女の子の名前は、それはそれはカラフルだ。名前を聞いても綴りが思い浮かばないし、逆に綴りを見ても、どう発音するのか見当もつかないものが多い。
Kefreda , Latwanda , Arkabrena , LaNayShay , LaPrecious , Monifah , Moesha , Kadeisha … 今日のクラスにも Khaarisuma (カリズマ)という女の子がいる。charisma(カリスマ)をアフリカ風に綴ったものだ。若い母親による、こういった最近の命名には反対する中高年層も多いようだけれど。

・・・

そのカリズマはバスケットボールの得意な活発な女の子だけれど、コンピュータも大好き。隣りの席に座っている子に大文字の入力方法を教えたりもしている。そのカリズマの話し言葉を講師のメリルが聞きとがめ、「標準英語を話しなさい」とたしなめた。
黒人の多くはイボニックスと呼ばれる黒人英語を話す。単語や発音、文法が教科書にのっている、いわゆる標準英語とは少し違う。例えば“He/She doesn't〜”がイボニックスでは“He/She don't〜”となり、これは白人社会では“教育のない人間が話す英語”として受け入れられない。
ヒスパニックの子供が“2月”をスペイン語で綴った時には「自分自身の言葉を保ち続けるのは良い事ね」と褒めたメリルだけれど、タイポグラフィ会社の経営者でもある彼女は、ビジネスの場においてイボニックスが認められないことを身に染みて知っているのだ。

・・・

Nyemah(ナイーマ) は頭全体を編み込みにして、小さなお団子状に丸めたブレイドの先っぽ5ヶを王冠みたいに頭頂に並べている。前髪には金色の蝶をかたどった髪飾りが3ヶ。まだ7才の彼女は、すでにどんな日本人もかなわない程のダンサーだ。教室の中を歩きながら見事なアフタービートのステップを見せ、タイピングしている間も、ずっと肩でリズムを取り続けている。あなたは素晴らしいダンサーね、と声をかけると、「うん」と事も無げに頷いて、またタイピングを続ける。

・・・

Lumieru(リュミエル) は 小さな紳士。ここ最近、ニューヨークの公立小学校も制服を導入し始めているので、彼も白いカッターシャツにエンジ色のネクタイをしめ、グレーのスラックスを履いているし、頭もすっきり短めにカットしてある。お絵描きソフトで意味不明の緑の線画を描き続けていた彼は、脇を通りかかった私に「これは“山”だよ」と説明してくれた。次の瞬間に彼は立ち上がり、私のために隣りの席から椅子を引き寄せ、「ここに座って」と勧める。来訪者からピザの差し入れがあった際には、夢中になってピザに群がっている子供たちの輪の中から私を振り返り、「ピザ食べる?」と訊いてくれる。これは全て、親の躾けの成果だろう。

・・・

Darius (ダリアス)はいわゆる、やんちゃ坊主。とにかく、ひっきりなしに喋り続け、飽きたら隣りの席でひとり黙々と入力している、いぢめて君タイプの小太りMiles(マイルズ)にちょっかいを出す。マイルズは苦労して入力した“Black History Month / Dr. Martin Luther King Jr.”という文字を消されてしまい、半泣きだ。
授業の最中、まだ5歳なのに一人前にドレッドロックを結い、柔道着を着たKweku(クウェク)が「ダリアス、カラテの先生が呼んでるよ」と知らせにきた時には、なぜか両耳を塞いで「あああ〜 〜 〜!!! 聞こえないよ〜 〜!!!」と叫び出した。チビっ子ドレッドロックも負けずに「なに言ってんだよ! Are you cra 〜 zy 〜 !!!???」と両手を振り回しながらわめき返す。もう収集がつかない。

・・・

Krystal(クリスタル)と Christina(クリスティーナ)は双子の女の子。ふたりとも目瞬きをしたら、その瞬間に飛び出すんじゃないかと思うほどに目が大きく、睫毛も思いきり長くてカールしている。そして、やはりふたり揃って驚くほどハスキーな低音ヴォイスと、マッチ棒みたいに細い脚。だけど性格はまったく違う。


クリスタルはコンピュータが大好きで、「Gran'ma(おばあちゃん)って、Gの次は何? その次は?」と飽きることなくタイピングを続け、“大好きなおばあちゃんへ”の下には絵を描くのだという。7才でこれだけの集中力とアイデアがある割りには綴りが苦手のようだ。頭の良さそうな子だけに、これは学校か家庭の環境に問題があるということか。時間がきて教室を出る時には「もっとやりたい…」と言って涙ぐんでいた。


一方、クリスティーナは5分として、じっと座っていられない。教室を歩きまわる、トイレに行きたがる、水を飲みたがる…。揚げ句に私を教室の隅、他の子供たちからは見えないところに連れて行き、「よ〜く聞いててよ」と前置きしたうえで、「昔々、アフリカで … ハババドゥ! シャババドゥ!!」と叫び出した。…スワヒリ語だそうだ。そんな彼女を抱きかかえるようにして席に引きずり戻しているうちに、驚いたことに向こうから抱きついてきた。そして「わたしのこと、覚えててね」と言うのだ。

・・・

ハーレムYMCAはようやく予算を組み、近々、全てのコンピュータを入れ替える。もちろんインターネットにもアクセスし、基本的なコンピュータ・スキルを子供たちに教えていく予定だ。


コンピュータが使えないと就職も出来ない時代に既になってはいるが、全米で4,100万人の白人がインターネット・アクセスしているのに対し、黒人は500万人。マイノリティ家庭のうち、実に71%がコンピュータを持っていない。YMCAに通うということは、親に月謝を払うだけの余裕があるということだけれど、それでも多くの子供にとって、学校とYMCAだけがコンピュータに触れることの出来る場所なのだ。

What's New?に戻る
ハーレムに戻る

ホーム