NYBCT

2003/09/08




追われている男/ショービズパーソン/双子


・追われている男・



 マンハッタンのダウンタウンから地下鉄2番線に乗ると、96丁目でほぼすべての白人が降りて、車内は黒人とラティーノだけになる。次の110丁目から135丁目はハーレム、それより北はブロンクスだからだ。


 この日、夜10時頃。私は車両間の連結ドアのすぐ脇に座っていた。列車がハーレムに入ってしばらくすると連結ドアが開き、隣の車両から黒人の男がひとり、移動してきた。40代、ごく普通のTシャツにジーンズ、カジュアルなナイロン布製の黒いアタッシェケースを下げている。身なりは特に怪しくはない。けれどその男、連結ドアを閉めると、それまで自分がいた方の車両の様子を窺いながら、アタッシェケースのジッパーを開けて片手を突っ込み、なにやら必死で探っている。しかし視線は連結ドアの小さなガラス窓から反らさない。


 男は誰かに追われいて、万が一のためにアタッシェケースの中の拳銃かナイフを探している……誰が見てもそうとしか思えない行動で、そんな男が自分の目の前に立っているのだ。映画や小説じゃあるまいし、まったくシャレになっていない。


 列車は次の駅のプラットフォームに滑り込みつつあった。迷うことなく座席を立ち、しかし、男を刺激することのないようにそっと男の目の前をすり抜け、下車するべくドアに向かった。その途端、男が大声で喋り出した。「みんな、落ち着け! オレは今、ちょっとマズい状況にあって、カバンの中には9ミリ口径のベレッタ銃があるんだ!」


 この瞬間に事情が分かった。男は単にアタマがおかしかったのだ。誰からも追われてなどいないし、銃も持ってはいないに違いない。本当に「マズイ状況」にあるなら、誰もこんなことを叫んだりはしないだろう。



・ショービズパーソン・



 ハーレムの某有名音楽プロデューサーに取材を申し込んだ。事務所に足を運ぶと本人はおらず、中年女性と年配の女性が世間話に花を咲かせていた。一応きちんとスーツを着込んだ中年女性に用件を伝えると、いきなり、けたたましくまくしたて始めた。


 「これはビジネスだからね、単にここに来てインタビューったって、そうはいかないわよ。こちらのビジネスを中断することになるんだから、タダってワケにはいかないのよ。何時間かかるの? え? たった1時間で済むの? TVカメラも持ち込むんでしょ。それじゃカメラのセッティングから始まるから、もっと時間がかかるわよ。え? カメラは一台だから、そんなに時間はかからない?」


 そういった詳細は、すべて最初に手渡した書類に書いてあるのだけれど、女性はそんなものには目もくれずに喋り続ける。要は長時間インタビューに持ち込んで、その分、多額の謝礼金を取りたいのだ。ショービジネスに関わる人間は人種に関わらず、本当にしっかりしている。(というか、時にえげつない。)


 喋り続ける女性をなんとか遮り、彼女の名前と肩書きを聞いた。(私は一体、誰と喋っているのだ?) 女性はそれまで自分の名前も肩書きも告げずに一方的にまくし立て続けていたのだ。名刺もくれなかったけれど、「マネージャー」で、「プロデューサーの娘」だそうだ。


 後日に彼女が提示してくる謝礼金は一体いくらになるのだろうか。そんなことを考えつつ、事務所を後にしようとした時、私とマネージャー兼娘の会話の間ずっとそこに座っていた柔和そうな年配の女性が言った。「あなたの腕時計、とてもステキね」。


 もしかして、プロデューサーの奥さんなのだろうか。だとしたら、これではまるで、刑事ドラマによく出てくる「良い刑事と悪い刑事」のコンビではないか。アメとムチの使い分けで容疑者から自白を引き出すように、私から多額の謝礼金を搾り取ろうというのだろうか。ま、どちらの女性も憎めないタイプではあったけれど。



追記:マネージャーの名誉(?)のために付け加えると、彼女は後日、丁重な対応をしてくれた


・双子・



 アメリカに住むと双子の多さに驚かされる。それがハーレムのような黒人コミュニティだと、さらに多くの双子を見かけることになる。通りでは、横二連結または縦二連結のベビーバギーを押しているか、または、おそろいの服を着せたよちよち歩きの双子を連れた若い母親と頻繁にすれ違う。


 うちのアパートにも1歳半くらいの女の子の双子がいて、毎日、夕方になるとドレッドロックの若いお父さんが散歩に連れ出している。こちらでは幼児用の散歩ヒモが売られていて、この双子もピンクのヒモを背中に括り付けられている。だからお父さんは、まるで二匹の子犬を散歩させているような様相だ。そのヒモが目立つせいもあり、通行人から「まぁ、可愛いわねぇ!」といちいち声を掛けられ、まだ若いお父さんは大変そうだ。


 それはさておき、どう考えても白人よりも黒人に双子が多いように思える。ちょっとネットで調べてみると、やはりアフリカンーアメリカンに双子の率が高いと、多くの医療系、妊娠&出産系サイトに書かれていた。原因は解明されてない。ただし、最近は白人も含めて双子(正確には双子だけではなく、三つ子、四つ子などすべての複数児を含む)の出生率がどんどん上がっているらしい。こちらの理由は解明されていて、まず、人種を問わず、高齢出産だと双子妊娠の率が上がること。次に、排卵誘発剤を使うと、やはり双子となる率が上がること。つまり、近年は女性も自分自身のキャリアを優先させるために結婚・出産が遅れ、なおかつ不妊の症状が見られる場合は、高額でも妊娠誘発治療を行うことから、双子は増えるばかりなのだ。


 しかし、20〜30代で自然妊娠をした場合、双子はやはりアフリカンーアメリカンに圧倒的に多いのだ。(ちなみにアジア系が双子を生む確率は、白人よりも低いそうだ) なぜアフリカンーアメリカンに双子が多いのか? 子孫繁栄への本能的欲求が他の人種よりも強いのか?



What's New?に戻る
ハーレムに戻る

ホーム