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2003/09/21




嵐の中のJB/ハーレム・ロケ


嵐の中のJB



 木曜の正午前、ハーレムの音楽プロデューサーの事務所でミーティングをしていた。(前回のメルマガに登場したプロデューサーとは別人) ブラウンストーンと呼ばれる、クラシカルな外装を持つ古いタウンハウスだ。内装は明るすぎないオレンジに塗り直されているけれど、階段の手すりなどは古いものをそのまま使っている。1920〜30年代の古き佳きハーレムを思い起こさせるロマンチックさだ。


 そんな雰囲気にもかかわらず、サクサクと打ち合わせを進めていると、開け放した窓からジェームズ・ブラウンの声が聞こえてくる。ハーレムではよくあることだ。みんなラジカセやカーステで音楽をヴォリュユーム全開でかけるのだが、最新のヒップホップに混じってJBも基本中の基本ナンバーなのだ。


 けれど、今日のJBはラジカセなどと違い、明らかに大型PAシステムからの音だ。打ち合わせを終えたスタッフ全員で、125丁目に建つハーレムの数少ない高層ビル、ステイト・オフィス・ビルディングに駆けつけると、なんと、そこでJBが無料コンサートを開くということが判った。聞こえてきた歌声は音合わせだったのだ。


 やがて鮮やかなブルーのユニフォームに身を包んだバンドとコーラス隊(今時、こんな前時代的なスーツを着ているのはJBバンドくらいか?)、そしてカツラまるだしの老齢な司会者が登場し、インストで1曲披露したあと、御大JBの登場と相成った。すでに70代のJBだが、おなじみの黒いスーツを着込み、腰さばきも軽い。大型ハリケーン“イザベラ”による強風が吹き荒れる中、あのヘアスタイルも風になびいていた。


ジェームズ・ブラウン
2003/09/18 @ State Office Building in Harlem
Photo by K. Domoto
禁無断複製

ジェームズ・ブラウン

 JBはマジック・パワーを持っている。彼の音楽を聴く人すべてをハッピーにしてしまうのだ。ラジオから彼の曲が流れてくるだけで、ハーレムでは一体どれほどの人が「オー、イエー!」と声を上げ、踊り出すことか。それが、今日は目の前に本物がいるのだ。まったくのシークレット・ギグだったため、偶然125丁目の居合わせた人だけがこのラッキーに授かれた。しかも、タダ。「私って、今日はめちゃくちゃツイてる!」 こんな思いも加わって、オーディエンスはみんな、とてつもなく嬉しそうな顔でJBマジックを楽しんでいた。私たちと同行していたプロデューサーが言った。「ほらね、これがハーレムなのよ。毎日、なにかが起こるの!」


 興味深かったのは、総勢12名のバンドとコーラス隊のうち、4人が白人だったこと。途中で出てきたダンサーのお姉さんもブロンドの白人だった。なお、この野外無料ライヴは、11月にアポロ・シアターで行われるJBのコンサートのプロモーション企画だった。



ハーレム・ロケ




 現在、日本のテレビ局が、ハーレムのゴスペルをテーマとしたテレビ番組を収録中で、私も番組構成および現地コーディネイトのためにロケに参加している。テレビ番組の制作過程はとても面白い。まず、チームワークで成り立つ仕事であること。私は普段、ほとんどの取材はひとりで行い、写真も自分で撮影することが多い。原稿を書くこと自体は、もちろん完全な単独作業だ。


 けれど、ロケにはプロデューサー、ディレクター、カメラ、音声、コーディネイター(NYには、日本のテレビ局に番組や映像を提供する日系プロダクション会社があり、そこのコーディネイターが全体の進行を管理する。私はハーレム内のみをコーディネイト)、通訳、スチールカメラ(ロケ対象やロケ風景を写真撮影する)、ドライバーなどが参加し、今回は総勢12名のクルーとなっている。


 次に、「予定とキャンセル」のせめぎ合いが面白い。今回は5日間のロケで、しかもメイン・スタッフは日本から来ているわけで、あらかじめ綿密なスケジュールが組まれている。以前、フリーランスのジャーナリストや新聞記者の取材に同行した際には、スケジュールはもっと流動的だった。記者は単独だし、誰かひとりを取材した結果、そこからヒントを得て次の取材対象を決めるということもあった。(これは私も同様だ) なにより、カメラなどの機材がないから身軽なのだ。しかし、テレビは所帯が大きい分、そうはいかない。けれど、いくつかの予定が取材対象の都合や天候などでキャンセルまたは変更となることも、あらかじめ予想済み。スタッフは、いわゆるドタキャンにもまったく動じず、臨機応変にスケジュールを調整していく。


 しかし、私にとってもっとも興味深いのは、「視覚」で番組が構成されていく点だ。ロケにはいくつものインタビューが含まれているし、映像の編集後にはナレーションも入る。しかし、テレビである以上、当然のことなのだけれど、番組は「映像の連続」で綴られていく。


 私自身が普段から通っている店、歩き慣れているストリート、記事やエッセイに書いた場所、友人や知人などが「映像」として登場する。同じハーレムという街を表現するにも、文章と映像ではその手法がまったく違うのだ。ディテールを追って読み手に情報を伝える文章とは違い、テレビは映像によって視聴者のイメージをかき立てるものだということが、今回、改めて分かった。


 さて、この番組。これまで散々使われてきた「怖い、汚い」というステレオタイプなハーレムのイメージではなく、日々変わっていく現在のハーレムを見てもらえる優れたものになると思います。オンエア日が決まったら、お知らせします。




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