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2004/08/29




ケヴィン・リトル「ターン・ミー・オン」
Kevin Lyttle "Turn Me On"


■爽やかとエッチが両立するカリブ海


 カリブ海に浮かぶ小さな島国セントヴィンセント(*)出身のケヴィン・リトルが歌う「ターン・ミー・オン Turn Me On」。この曲が今、アメリカでも大ヒット中だ。BET(*)やMTVでは、カリビアンカーニヴァルを模したこの曲のビデオクリップがヘビーローテーション中。ジャマイカ、グレナダ、バルバドスなどなど、カリブ海諸国の旗を振りながら踊るダンサーの大群に囲まれたケヴィン・リトルは、爽やかな笑顔とファルセット・ヴォイスで気持ち良さげに歌っている。

* 正式国名はセントビンセント・グレナディン諸島
* Black Entertainment TV



 ところが「爽やかな笑顔」で歌っているにしては、タイトルが「Turn Me On」? 訳せば「その気にさせられる」「ムラムラさせられる」「欲情させられる」である。歌詞もまたすごいんである。以下、抜粋で訳詞も載せるので、ケヴィン・リトルのイカれ振りを楽しんでほしい。まずはパーティでのダンスシーンから始まる。


And you're wining on me
そして君はボクに身体を押し付けて踊っている
Pushing everything right back on top of me
君の「everything」を何度もボクの「top」に押し付けてくる


 「ターン・ミー・オン」のビデオクリップでも見られる、男女密着型のダンスがある。男女が向き合い、または女性が男性に背中を向け、ふたりの身体(っていうか下半身)をぴったりと密着させるスタイルだ。お互いに身体をくねらせ、腹部、背中からヒップにいたる「everything」を相手の身体に押し付ける。これを「wining」という。この歌詞に登場する彼女は、押し付ける先を彼の身体の中でも「top」に絞っているようだ。さてボクの「top」とは何を指すのか? 言わずもがな。


 彼女の情熱的なダンスにすっかりマイったボクは、首尾よく彼女と一緒に帰宅する。


So let me hold you
君を抱きしめさせて
Girl, caress my body
ガール、ボクの身体を愛撫して
You got me going crazy - You
君はボクをクレイジーにさせる
Turn me on
君はボクを興奮させるんだ
Turn me on...
ボクを興奮させるんだ
Let me jam you
君をジャム(*)させて

* jamとは、フルーツジャムのごとく、ぐちゃぐちゃにすること。転じてセックスを指す


 さて、もっとも問題の箇所は以下。さすがにこれを日本語にする根性はないなぁ……とギブアップしかかったのだけれど、それでは今回のエッセイを発行する意味がなくなるので、がんばってみた。(日本版CDの訳詞は一体どうなっているのだろうか)


One hand on the ground & bumper cock sky high
(ボクは)片手を地面につけ、バンパーコック(*)は空にそびえてる
Wining hard on me
(彼女は)身体をボクに押し付けまくって
Got the python
ニシキヘビ(*)を手に入れ
Hollerin' for mercy
慈悲を求めて叫んでいる
Then I whisper in her ear So wine harder
ボクは彼女の耳にささやく。もっと激しく身体を押し付けて
And then she said to me
そうしたら彼女は言った
Boy just push that thing
ボーイ、ただアレを押し込んで
Push it harder back on me
もう一度もっと強く押し込んで

* ともに男性器を指す


 以下は何度も繰り返されるフレーズ


Girl Just Hug Me, Hug Me, Kiss Me, Squeeze Me
ガール、ボクを抱きしめて、抱きしめて、キスして、スクイーズして(絞って)
Hug Me, Hug Me, Kiss & Caress Me
抱きしめて、抱きしめて、キス&愛撫して


 ケヴィン・リトル、あんな涼しい顔して、アルバムジャケットではスカイブルーをバックに純白のシャツなんか着込んで、こんなことを歌っているんである。日本では「カリブ海の貴公子」なんて言われているらしいけれど。ちなみにセカンドシングルのタイトルは「ラストドロップ」=「最後の一滴」。最後の一滴って、いったい何の一滴なのか? 言わずもがなアゲイン。



ケヴィン・リトル公式サイトの「MULTIMEDIA」コーナーで「Turn Me On」のビデオが見られます


唐突ですがレゲエの神様ボブ・マーリー
画:難波 直美
naominamba@aol.com
※作品の無断転載転用を固く禁じます




■アメリカン・ゲットー vs. カリブ海


 「黒人はエッチ」という神話だか噂だかがあるけれど、黒人に限らず、どんな人種だって基本的にはエッチだろう。ただ、セクシュアリティの種類は国やエスニックよって違うのではないだろうか。同じ黒人であっても、アフリカンアメリカン(アメリカ黒人の意)とカリビアンではセクシュアリティの傾向がこれまた違うのだ。


 アメリカの話:最近のヒップホップのビデオクリップでよく見掛ける「shake your ass 系ダンス」(=尻振り系ダンス)は、もう行き着くところまで行き着いた感のある下品さだ。BETでは夜中の3時から「uncut」と題して、とことん下品系のビデオクリップだけを流す。たとえばリュダクリスの「Booty Poppin'(ケツがポンポン跳ねる)」などタイトルからしてそのものスバリ。ラッパーが10人ほどの女性ダンサーに囲まれているのだけれど、女性は全員がドギースタイルか、ストリップバーに逆さに巻き付いてヒップを激しく振っているだけ。


 ラッパー(男性)は、「金があれば、女のケツを10ヶ並べて、それをオレのためだけに振らせることもできるんだぜ」と言いたいだけで、女性とのセックスそのものを表現しているわけではない。リュダクリスの場合は彼特有のユーモアのセンスによって多少は救われているものの、それでもゲットー育ち特有のくすんだ、自意識の低い下品さを感じる。それまで手にしたことのない大金が手に入っても、その全うな使い方を知らないのだ。(考えようによっては、とても切ない。)


 それに対してカリビアンたちの濃厚な「模擬セックス・ダンス」は、これも間違っても上品とは言えないものの、トロピカルアイランド特有の解放感と大らかさを持っている。暖かい気候がそうさせるのか、あまりにも開けっ広げ過ぎるとも言えるけれど、男女がお互いにセックスのフレイバーをふんだんにまき散らすことを、心から楽しんでいるように見える。なにより男女が対等……というより、「ターン・ミー・オン」の歌詞では女性のダンスのほうが積極的。


 それにしても、パーティで超エッチなダンスを散々楽しんだあとに、お家でさらに大きなお楽しみが待っているのである。一晩で二度おいしいカリビアンライフ。これって、ある意味健全か。


ケヴィン・リトル公式サイトの「MULTIMEDIA」コーナーで「Turn Me On」のビデオが見られます




■カリビアンの逆襲


 さて、カリビアンのセクシュアリティについてはこれで置くとして、この「ターン・ミー・オン」のビデオクリップについては、もうひとつ新鮮に感じたことがある。


 「ついにカリビアン音楽がアメリカのミュージック・シーンに定着?」……この曲のビデオクリップを初めて見たときにそう思った。冒頭にも書いた、色とりどりなカリブ海諸国の旗を振る大勢の人々、後半に登場する、巨大な飾りとスパンコールの衣装をまとったダンサー。これらはカリブ海諸国、およびカナダやニューヨークのブルックリンなど、カリブ海からの移民が多い都市で開かれるカリビアン・カーニヴァル(*)で見られる光景なのだ。

* ニューヨークのブルックリンでは毎年レイバーデイ(9月第1月曜日)に開催される。
正式名称はWest Indian-American Day Carnival Parade



 カリブ海にはたくさんの小さな島国があり、それぞれが独自の音楽を持っているけれど、狭い地域なので人の交流があり、ラジオの電波もお互いに届くことから、共通して好まれる音楽も多い。ブルックリンのパレードではレゲエやカリプソなど、さまざまなカリビアン音楽のバンドが山車に乗ってパレードし、200万人ともいわれる見物客たちはそれぞれが出身国の旗を振り、または旗をデザインしたTシャツ、タンクトップやミニスカート姿で踊り、歌い、楽しむ。


 レゲエはアメリカでもすでに市民権を獲ているとはいえ、現在のブラックミュージックのメインストリームはやはりヒップホップ。ところが昨年はショーン・ポールがレゲエとヒップホップの垣根を超えた大ヒットを飛ばした。そういえばラッパー、ネリーの最近のビデオクリップ「Flap Your Wings」にも、やはり羽飾りのカリビアン・ダンサーが登場していた。


 そして「ターン・ミー・オン」の大ブレイク。これは何かの予兆? ちなみにケヴィン・リトルはセント・ヴィンセントという小さな島国の出身で、彼の音楽は「ソカ」と呼ばれるジャンル。カリブ海の「カリプソ」に、アメリカの「ソウル」のフレイバーが加わって「ソウル・カリプソ」。それが縮まって「ソカ」。(ちょっとウソみたいな本当の話。)


 ただしソカには、そもそもインドのリズムが混じっているらしいし(*)、ケヴィン・リトルはダンスホール・レゲエも取り入れている。「ターン・ミー・オン」でも、ケヴィン・リトルの高い声と、DJスプラガ・ベンツのダミ声がいい感じのコンビネーションとなっている。

* カリブ海にはインドからの移民が多い


 実を言うと、私はファルセットボイスは好きではないし、よどみのないきれいなメロディの曲も苦手。それでも惹きつけられてしまう不思議なリズムとニュアンスが、この「ターン・ミー・オン」にはあった。なによりサビの「Tur〜n Me〜 O〜n」が耳について離れない。カリブ海の音楽、やはり侮るべからず。(ただしアルバム全体を通して聴くと、良い曲が他にもいくつかあるとはいえ、やや単調に感じる。テレンス・トレント・ダービーのカヴァーにはちょっと驚かされた)




ケヴィン・リトル公式サイトの「MULTIMEDIA」コーナーで「Turn Me On」のビデオが見られます



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