NYBCT

2000/03/09


アフリカ人としてニューヨークに住むということ

ニューヨークに暮らすアフリカ人の生活は厳しい。
たとえ母国では中流もしくは上流クラスに属していても、アメリカとは貨幣価値があまりにも違う。日本人やヨーロッパ人であれば、自国である程度がんばって貯金すれば中長期の留学生活が送れるのだけれど、アフリカ人はそうはいかない。航空券を買って、アパート斡旋の手数料と最初の3ヶ月の学費を払えば、それだけで手持ちの資金は尽きる。後は違法のアルバイト(米国では学生ビザでの就労は禁じられている)で生活費を稼がなくてはならない。しかし、そのアルバイトも人種によって職種と賃金が限定されているのがニューヨークの厳しい現実だ。

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アブドゥーリ(Abdoulaye)は西アフリカのニジェールからやって来た29才の留学生。アメリカでの大学入学を目指して、現在はタイムズスクエアにある語学学校で英語とコンピュータのクラスを取っている。朝7時に起きて9時から1時までの授業を取り、その後は夜11時半までイーストビレッジのレストランで皿洗いをし、ブルックリンのカリビアン地区に間借りしているアパートまでは地下鉄を乗り継いで深夜1時の帰宅という生活を送っている。ちなみに休みは木曜日のみで、土日は12時間働いていると言う。


ここニューヨークでは、たとえ英語がさほど話せなくても日本人なら日本食レストランで、フランス人ならフレンチ・レストランでウェイター/ウェイトレスとして働ける。しかしアフリカ人は、どのレストランでも皿洗いしか出来ない。英語が流暢だろうが、能力があろうが関係ない。これはニューヨークの暗黙の掟。賃金はもちろんウェイターよりも安い。
参考までに、アフリカ人が就ける皿洗い以外の主な仕事は、スーパーマーケットの食料品配達(斡旋会社ぐるみの最低賃金以下の悪条件雇用が問題になったばかり)か、1年前に白人警官に41発もの銃弾を浴びせられて亡くなったアマドゥ・ディアロ氏のような路上での物売り。(彼も比較的裕福な貿易商の息子だった)


アブドゥーリはこのアルバイト代で生活費と語学学校の学費をまかない、9月から入学する大学の入学金も貯めている。そのうえ母国ニジェールに病院を建てるための資金を在ニューヨークのニジェール人から募るというプロジェクトのリーダーを務め、自らも寄付をしている。

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アフリカ人ならではの漆黒の肌を持ち、ハンサムな顔立ちに人なつっこい笑顔を浮かべるアブドゥーリは、話し好きはアフリカ人の習性だと言い、細切れの時間にさまざまな話題を提供してくれる。…ニジェールの人々は大地を流れる雄大なニジェール川をなによりも愛している。…アメリカの核家族化には疑問を感じる、若者は年寄りと暮らして祖先の知恵を受け継ぐべきだ。…大好きな祖母に20ドル(ニジェールでは100ドル以上の値打ち)を送ったら、彼女はそれを段ボール箱いっぱいのお菓子に使い果たしてしまった。…学校のコンピュータで毎日アフリカのサッカーリーグの試合結果(アフリカ人は大のサッカーファン)とニュース(政情は常に不安)をチェックし、ついでにこっそりポルノ・サイトも見ている、etc,etc …。しかしそんな彼も時折、疲れた表情を見せる。


「ニューヨークは嫌いだ」とアブドゥーリはつぶやく。
アメリカで大学を出たあとはニジェールに戻り、祖国の将来を担う子供たちのために教師になると共に、コンピュータを使って自身のビジネスも始めたいという勤勉で聡明な彼に、アメリカという国は敬意を払わない。目的を果たすために彼は一日9時間、安い賃金でひたすら汚れた皿を洗い続けなければならない。アフリカ人だからという、ただそれだけの理由で。


しかも、こうやってニューヨークで働いている彼に、数えきれないほどいる母国の一族郎党の誰も彼もが「ニューヨークに行くから金を送れ」と電話してくると言う。その要求額は800ドル、1000ドルといった単位で、しかも空港への出迎えからアパートの手配に至るまでしなくてはならないとも言う。


そんなの断ればいいじゃないの、という私にアブドゥーリは「君はアフリカ知らないから」と頭を振る。事実上、一族の出世頭となった彼には親族の面倒を見るという義務が課せられており、それを断ることは許されないそうだ。


いくら働いても貯金は右から左へと流れていってしまい、手元には何も残らない。だから彼はニューヨークではなく、ワシントンD.C.の大学を選んだ。9月になったらD.C.に移り、電話番号は両親にも教えないと言う。学費が高くて新たに電話をひく余裕がないから、と言い訳をし、両親や祖母には時々自分から電話するつもりだと。

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