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2005/01/22




MLKって誰? 黒人史月間がやってくる!


 1月17日のキング牧師デーも終わり、ハーレムでもバレンタインデー商戦がすでに始まっている。けれど2月は同時に『黒人史月間』でもある。ハーレムでは、壁に貼るためのキング牧師の肖像画プレートがまだまだ売られ続けることになる。


 正直言うと、私は黒人史を細部まできちんとは「勉強」していない。歴史よりも「今、何が起っているか」「これから先、何が起るか」に興味があるからだ。もっとも現在と未来を知るためには過去を知っておく必要もあるわけで、そういう理由から、黒人史の大筋は押さえているけれど。(余談:
黒人史ドキュメンタリー作家のビル・マイルズ氏は「もっと歴史を知りなさい」と言いたげな顔で、それでもニコニコと私によくしてくれる。彼との雑談中に、書籍からは学ぶことのできない黒人史の断片を知ることができる。感謝。)


 黒人史月間には、奴隷制、公民権運動に関するイベントがあちこちで開かれる。毎年、毎年、毎年……である。第三者的には「なぜ、そこまでこだわるのか?」と思うことも時にある。では、当のアフリカンアメリカンにとって、黒人史は一体どんな意味を持つのだろう。







あなたはキング牧師派? それともマルコム X 派?
黒人史2巨頭の功績は絵本にもなり、子どもたちにも脈々と伝えられている
*タイトルのMLKとはMartin Luther King Jr.の略


 歴史には「ロマン」とか、「悠久の〜」いう言葉がセットになっていることが多い。「古代ギリシャのロマンを感じる旅」「チグリス・ユーフラテスに悠久の時を求めて」とか、旅行代理店のパンフレットに書いてある。(↑はどちらも私が今でっちあげたコピーです。悪しからず。)


 数千年も前の歴史にリアリティーを感じることは難しい。だから人は古代史に、自分の生きている現代とは全く別のロマンチックな思いを馳せるのだろう。例え、それが戦争であったとしても、人は夢想する。「トロイの戦争は、どんなに壮大だったことだろう」と。ハリウッドで延々と古代戦争映画が作られ続ける理由だ。でも、今現在、実際に毎日人が死に続けているイラク戦争にロマンを感じることができる者はいないだろう。(Wはどうだか知らないけど。)


 アフリカンアメリカンにとって、差別・貧困との戦いの連続である黒人史とは、アメリカ合衆国にとっての9.11テロ事件、およびイラク戦争のようなものだと思う。過酷な体験を近過去にした人、している最中の人がたくさんいるのだ。だから黒人史は歴史のように見えて、実は近過去の延長線および「現在」なのだ。


 例えば、私の友人でもある
ブルースマン、フロイド・リーは、子供の頃にはミシシッピで小作農の息子としてコットンを摘んでいたと言う。

 元同僚のお母さんは、やはり南部にいた頃、ケーキを焼こうにも高価なバターが買えず(当時、安いマーガリンはまだ発明されていなかった。)、鳥肉の脂を使って「チキンケーキ」を焼いていた話をしてくれた。

 先にも書いたビル・マイルズは、子供のころに映画を観に行ったら映画館の中で自分が唯一の黒人で、白人客に嘲笑されたエピソードを語ってくれた。

 私がハーレムの行政側の人物にインタビューする必要がある時に頼るのが、顔の広いオーディー・アバーナシーという女性。彼女はキング牧師の側近として知られる
ラルフ・アバナシー牧師の姪として、50〜60年代を公民権運動の渦中で過ごしている。


 若い人たちは、さすがにこんな体験はしていないものの、こういった話を祖父母や両親から聞かされているし、彼らは彼らで現代特有の体験をしている。


 昨日、数人の高校生が何やら真剣に語り合っているのを、通りすがりにたまたま聞いた。
 「ニューヨーク市はニューヨーク州から切り離して独立させるべきよ! アップステイトの白人警官に偉そうな態度を取られるのはガマンできないわ!」


 この発言には解説が必要だろう。ニューヨーク州は広大な州で、ニューヨーク市はその一部。市には25%の黒人人口があり、ラティーノ27%、アジア系10%、つまりマイノリティーが大勢を占めており、白人は35%に過ぎない。これだけ人種・エスニックが多様化していると、人はお互いにあからさまな人種差別意識を見せない習慣ができあがる。(少なくとも公共の場では)


 ところが市を出て北部に行くと、そこはアップステイトと呼ばれる地区で、白人が圧倒的に多い。すると昔ながらの白人優位な態度・習慣が消えていないのだ。「ニューヨーク市独立」を提案した女生徒がアップステイトでどんな体験をしたのかは分からないけれど、少し前に読んだ、ニューヨークの刑務所についての本(*)にも似た記述があった。*Inside Rikers/Jennifer Wynn


 市内にある刑務所では受刑者も刑務官も、その多くは黒人とラティーノ。したがって、刑務官は囚人に同情的な態度を取るわけでは決してないものの、少なくとも受刑者のバックグラウンドを理解している。それどころか、刑務所の中でイトコ同士が受刑者と刑務官として遭遇ということもあるらしい。


 ところがアップステイトにある刑務所では、受刑者にはやはり黒人とラティーノが多く、刑務官は周辺に住む白人。刑務官が受刑者の行動や思考を理解することができず、摩擦が起こりやすいそうだ。


 話が逸れた。ついつい、歴史から離れてしまう(笑)


 アフリカンアメリカンが盛んに黒人史を語り、それを次世代に伝えようとするのは、いまだに差別と、そこから派生する貧困から逃れられていないからだ。まだまだロマンに浸っている余裕はない。


 キング牧師、マルコムX、ローザ・パークス、フレデリック・ダグラス、アダム・クレイトン・パウエルJr.、ソジャーナ・トゥルース、マーカス・ガーヴェイ、ジャッキー・ロビンソン、ボー・ジャングル、デューク・エリントン、ラングストン・ヒューズ、マダムC.J. ウォーカー、そして先日亡くなった、
黒人女性初の議員として活躍したシャーリー・チゾム……アフリカンアメリカンは、黒人の地位向上に尽くした人々を讚え、彼らの功績を再確認することで、自分たちの将来を切り開くための新たな勇気を得ようとしているように見える。


 アフリカンアメリカンが黒人史に悠久のロマンを感じることができるようになるまで、これからあと何十年(何百年? 何千年?)必要なのだろうか。


追記:自分で書いた本文の、話のコシを折るようで悪いけれど、先週の「サタデーナイトライブ」に、かなり笑えるコントがあった。
 「今日はキング牧師デーだから働かない」という黒人の救急隊員。病人やケガ人のことはお構いなしだ。黒人が黒人史(というより差別問題)を持ち出すと、他人種は何も言えなくなる。だから白人チーフも仕方なく出動命令を取り消したものの、「キング牧師が何をした人か知ってるの?」と質問。隊員は「知らない」「けれど、これはオレたちの祝日だ!」と乾杯。
 爆笑だった。これ、黒人史讃歌の形骸化を強烈に皮肉っているのだ。




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