NYBCT

2005/08/29




ドラッグディーラーのいる風景




数日前、ブログに以下の短い文章を書いた。





今日、ニューヨークは空が青くて、高くて、陽射しはまだ強いけれど、心地よい風が吹いていて、つまり今年初めての秋の気配。


こんな気持ちのいい日にも、当然仕事はしなくてはならない。雑誌の特集記事。テーマはハーレムの歴史。(中略)前二者の中間世代に1980年代のことをインタビュー。ヒップホップを作り出した世代だ。


インタビュー終了後、記事に使う写真を撮るためにハーレムを歩く。さわやかな秋の気配。人もみんなリラックス。2〜3週間前の猛暑の頃がウソのよう。街角に立っていたドラッグディーラーも「よぉ!オレを撮ってよ!」


仲間は「お前、バカかよ」とか言ってたけれど、本人は得意げにポーズ。(ただしベースボールキャップを目深に被り直して顔は出さないという、一応の用心。なんといっても犯罪者だし。)


秋の気配の中、廃虚の前にあるスイカ売りの屋台はまだ営業中。テーブルに長円形の大きなスイカがたくさん並んでる。数人のおじさんがイスに座って店番しながらのんびり話している。


ハーレムって、いい街だなぁ……と思った一日。





今日、上記の文章を読み直していて背景を説明する必要を感じた。そのために書いた文章が以下。






ドラッグディーラー(麻薬の売人)の存在を、私は個人的には容認しない。コミュニティにとって百害あって一利なしの存在だからだ。


そもそもドラッグは使う本人の人生を破滅に導くだけではなく、家族を含めた周囲の人間にも不幸をばらまく。ドラッグ使用による肉体的、精神的、経済的なダメージ。そこから起こる家庭崩壊。ドラッグ売買にまつわる暴力&殺人事件。その巻き添えとなる一般人。


しかし、ドラッグ使用自体の是非はここでは置く。今、書こうとしているのは、コミュニティにおけるドラッグディーラーの存在について。


ドラッグディーラーはゲットーの風景の一部だ。どこの街にも建物があり、車が走り、人が歩いているのと同じレベルで、ゲットーの街角にはディーラーが立っている。ハーレムを歩きながら風景写真を10枚も撮ると、そこにはおそらくディーラーが写っているだろう。彼らはクローズアップで写真を撮らせることはしないけれど、遠景写真を撮ると相手もこちらも知らない間に写ってしまうのだ。


つまり、それほど多くのディーラーがいるということ。では、何故そんなにも大勢のディーラーがいるのか? はっきりとした答えはないものの、ここにひとつのデータがある。ニューヨーク市の黒人男性の実質失業率:約50%


ゲットーならではの理由がいろいろ積み重なり、ティーンエイジャーは高校を中退する。大卒でも就職が難しい昨今、高校中退ではマクドナルドですら働けない。仕事のきびしさを我慢して肉体労働に就こうにも、職探しのノウハウもなければ、満足な履歴書を書くこともできない。これは若者が高校中退をしてしまう理由の一部でもある、小学校での基礎教育の至らなさの結果だ。彼らの読み書きのレベルは驚くほど低い。また、運良くいい仕事の面接にこぎつけても、スーツもネクタイも持ってはいない。そもそも地味で給料の安い仕事に就こうものなら、近所の友だちにバカにされてしまう。


その一方、ディーラー稼業に励んでいる幼なじみはクールに見える。「あいつ羽振りが良くて、いつも良い服着てるし、オレもあれくらいなら稼げるよ、きっと」 あとはその幼なじみに電話を一本かけるだけで、明日から即ディーラーだ。


たとえまだ大人に成り切れていない17歳の若者であっても、犯罪に加担するのは本人の意思と決定、そして責任だ。「アメリカ社会の人種差別と貧困が君をディーラーにしてしまった」などと同情するわけにはいかない。


しかし、彼らに同情しようが、「おまえたちはコミュニティを荒廃させている諸悪の根源だ」と怒ろうが、どのみち彼らは街角に存在する。警察ですら、何年かけても彼らを一掃することはできずにいるのだ。だからゲットーの住人はディーラーと共存せざるを得ず、その方法も知っている。なにより、ディーラーも自分と同じルーツを持つ人間なのだと知っている。同じ環境で生まれ育った子どもたちの中には成功する者もいれば、地味でも真面目な仕事に就く者もいるし、ディーラーになる者もいるというだけのこと。ディーラーは火星からやってきた宇宙人ではないのだ。


だからディーラーも、気が違ってしまうような猛暑がようやく終わった初秋のある日、天気がいいというだけで機嫌がよくなり、たまたま見掛けた、写真を撮るアジア人の前でポーズを取りたくなることもある。


ハーレムの写真を撮っていたアジア人は、自分も暮らすハーレムという街からディーラーなど居なくなればいいと思っている。けれど同時に、彼も普通の人間だということも知っている。だから彼が帽子を被りなおし、ポーズを取るのを待ち、1枚だけ撮って「ありがとう! いい一日を」と言って別れたのだ。彼が今日、まだ同じ場所に立っているのか、それとも逮捕されて刑務所にいるのか、それは知らない。


What's New?に戻る
ハーレムに戻る

ホーム