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2005/09/28




ブッシュは本当に黒人(だけ)が嫌い?




 「ブッシュは黒人のことなんか気にかけちゃいない」と、カニエ・ウエストはテレビカメラの前で言い放った。ハリケーン・カトリーナ襲来の4日後、9月3日にオンエアされたNBCの被災者チャリティ・ライヴショーでのことだった。


 カニエはコメディアンのマイク・マイヤーズ(オースティン・パワーズ)と共に、あらかじめ用意された原稿を交互に読むことになっていた。まず、マイク・マイヤーズから話し始めた。


 「ニューオーリンズは劇的かつ悲劇的に、そしておそらくは取り返しがつかないほどに変ってしまいました。かつてはストリートがあり、活気のあった街が、今は25フィートの水の中です」


 カニエは自分の番が来ると、原稿を無視し、怒りと彼自身の思いをぶちまけた。
「メディアの黒人描写がイヤなんだ。黒人なら『略奪』だと言い、白人なら『食料品を探している』と言う。それに、政府の救援が来るまで5日もかかったのは、被災者の多くが黒人だからだ。(中略)テレビを見ないようにしていたんだ、あまりにも見るのが辛かったら。(中略)今は最大いくら寄付できるか考えている。(中略)あそこにいるのは同胞(my people)なんだよ。(後略)」



 マイク・マイヤーズはうろたえながらも自身のパートの続きを読み終えた。そこでカニエはとどめの一言を発した。「ジョージ・ブッシュは黒人のことなんか気にかけちゃいない」






 ハリケーンがルイジアナ州を通過している最中はメディアも動けず、テレビには暴風雨に曝されている街頭の映像程度しか流れなかった。ハリケーンが去った後、被災地の悲惨な状況が続々と報じられ始めた。2階まで冠水した家の屋根に上り、「HELP」とサインを出して救助を待つ人々。食料と水の欠乏。商店の略奪。避難場所となったスーパードーム内部の劣悪な環境と、そこで弱っていく病人と老人たち。とうとう亡くなり、布を掛けられて放置された遺体。行方不明となった家族を心配して泣く者たち。映像を見た誰もが、やがて気付いた。「被災者は黒人ばかりじゃないか!」



ニューオーリンズ市 人種・エスニック別人口比率
黒人 67%
白人 27%
ヒスパニック 3%
アジア系 2%



平均世帯年収 27,133ドル(288万円)
*全米平均 41,994ドル(445万円)の65%







 JAY-Z、Diddy、メイシー・グレイ、ニューオーリンズ出身のウィントン・マルサリスやネヴィル・ブラザーズなど、ヒップホップからジャズまでジャンルを問わず、黒人アーティストたちがチャリティやボランティアを始めた。


 最新ヒップホップ/R&B番組をオンエアしているテレビ局BET(ブラック・エンターテインメント・テレビジョン)が行ったチャリティーライヴ番組のタイトルは『S.O.S. 自分たち自身を救おう S.O.S. Saving OurSelves』だった。『被災者を救おう』ではなかった。


 私は今回の件を黒人の子どもたちはどう捉えているのかを知りたく、8年生(12歳)の女生徒カリファに、学校でカトリーナについてどう教わったかを訊いてみた。カリファは被害の状況について、かなり正確に説明してくれた後、「救援が遅れているのは、被災者がみんな黒人で貧しいからなのよ!」と言った。先生がそう言ったのだと言う。



・・・・・


 カニエ発言に対し、黒人指導者の中からも「今は人種問題よりも被災者救援だ」という声が上がった。(この発言をした年配の牧師はカニエ・ウエストを知らず、著名な黒人大学教授コーネル・ウエストの発言だと勘違いしていたが。)


 コリン・パウエル元国務長官は「今回の被災者はクレジットカードも車も持たない人たちで、避難のしようがなかった。つまり、これは人種問題ではなく、貧困が招いたことだ」と発言。


 私自身も、「今、カニエのように影響力のある人物がここまで強烈なアンチ・ブッシュ、アンチ政府発言をすることは、混乱状態を一層ひどくするだけではないか?」と思った。


 カリファの話については、教師が生徒の前で「救援が遅れているのは、被災者が黒人で貧しいからだ」と断定すべきではないと考えている。黒人の大人が子どもたちにこういった刷り込みをすることを、私は個人的には疑問に思っている。


 しかし、これが大方の黒人が実際に感じていることであり、このような会話は今、全米のあちこちで繰り返し行われているのだ。






以下は9月14日頃にCNNで報じられた世論調査からの抜粋


Q:ハリケーン被災者の救援が遅れたのは、被災者の多くが黒人だったから?

YESと答えたのは:黒人60% 白人12%


Q:ハリケーン被災者の救援が遅れたのは、被災者の多くが貧しかったから?

YESと答えたのは:黒人63% 白人21%


Q:救援が遅れたことについて、もっとも責任があるのは誰?

黒人の答え:
1)ブッシュ大統領 37%
2)誰でもない 27%
3)ニューオーリンズ市長 20%
4)住人 11%

白人の答え:
1)ニューオーリンズ市長 29%
2)住人 27%
3)誰でもない 24%
4)ブッシュ大統領 15%







 実のところ、救援が遅れた理由が本当に「被災者が黒人だから」かどうかよりも、黒人がそう思ってしまう土壌がこの国にあることこそが問題なのだと思う。永年、貧困と差別の中で暮らしてきたがゆえに、今回のようなことが起こると「黒人だからこんな目に合わされているんだ」と感じてしまう。政府に対する、大きな不信感があるのだ。


 しかし、多くの白人は、黒人がこれほど疎外された気持ちを常日ごろから抱いていることに気付いていない。または「なんでもかんでも『黒人だから』と考えるのは被害妄想だ」と思っている。


 これにも仕方のない理由がある。黒人社会と白人社会があまりにも分断されているので、白人は黒人社会の内部を知ることができない。また、「なんでもかんでも『黒人だから』と考え」、それを声高に主張する黒人が存在することも事実だ。


 いずれにせよ、救援活動のあまりのお粗末さに、「イラク戦争をしている場合ではないのではないか」「国内をきちんと面倒みるのが先だ」という声が、人種を問わずに上がってきている。これは今回の件がもたらした、ほぼ唯一の“災い転じて福となる”部分だろう。


 しかし、人種問題に関しては、計り知れない大きな禍根を残してしまった。黒人たちは「自分たちはアメリカ国民として正当に扱われていない」という思いを再確認してしまったのだ。






 現在、『ジョージ・ブッシュは黒人なんか気にかけちゃいない』という、カニエ発言をそのままタイトルにした曲がアンダーグラウンドヒットとなっている。カニエとジェイミー・フォックスの掛け合いナンバー『ゴールドディガー』に、テキサス州ヒューストンのデュオ、レジェンダリーK.O.が被災地の惨状描写と「ジョージ・ブッシュは黒人が嫌い」というフレーズを被せたものだ。ビデオクリップも作られており、ニュース映像から抜粋した黒人被災者の姿と、呑気な笑顔を振りまくブッシュが交互に現れる。



追記:上記レジェンダリーK.O.「ジョージ・ブッシュは黒人のことなんか気にかけちゃいない」のビデオは、当局の圧力により9月29日にネットから消えた。あちこちのサイトで配信されていたので、まだ削除してないところもあるかもしれないけれど。 曲だけならここで聴けます。


ブッシュのカトリーナ対応タイムライン


8月29日午前6時:ハリケーン・カトリーナは予報どおり、ルイジアナ州に上陸。この日、ブッシュ大統領はアリゾナ州にてジョン・マッケイン議員の誕生日を祝っていた。ルイジアナ州知事ブランコがブッシュ大統領に対して再度の救援要請を出すも、ブッシュは返答せず。


8月30日:ニューオーリンズの避難場所スーパードームの惨状が報じられる。この日、ブッシュ大統領はテキサス州にてコンサートに参加、ステージでカントリーシンガーと共にギターを弾いていた。


8月31日:ブッシュ大統領は事態に対応するために休暇を2日早く切り上げる。


9月1日:被災地の惨状と救援の遅れへの非難が報じ続けられる。


9月2日:ブッシュ大統領は現地を訪れ、救援物資もようやく到着。





※この記事はニューオーリンズの被害を中心に書きましたが、周辺部にも大きな被害が出ています。また、ハリケーン・リタによって新たに甚大な被害を被った街も多数あります。有名な観光地であるニューオーリンズの復興は早く、周辺部の方が復興により苦しむような気がします。


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