NYBCT

2006/1/13




トリニダード・トバゴ
カリブ海〜秘密の玉手箱




 最近、カリブ海の島国トリニダード・トバゴ(以下トリニダード)に縁がある。残念ながら行ったことはないものの、トリニダード出身者を2人、インタビューしたし、クリスマス直前にストをして大騒動を巻き起こしたニューヨークの地下鉄職員組合のリーダー、ロジャー・トゥーサン氏もトリニダード出身者だった。


 当然、トゥーサン氏のことは直接知っているわけではないけれど、以前から気になっていた人物だった。18歳でアメリカにやってきた移民でありながら、ニューヨークの大動脈である地下鉄・バスの組合リーダーとなったのだ。スト前後の労使交渉ではMTA(交通局)の幹部とトリニ訛り丸出しの英語で丁々発止のやりとりをしていた。交渉に口をはさんだブルームバーグ市長には「シャラップ!」と返した。なかなかの根性だ。


 ニューヨークにはカリブ海の様々な国からの移民が多く、中でもジャマイカ、ハイチ、トリニダード&トバゴが人口の多い順にトップ3を占めている。だからニューヨークに暮らしていれば、トリニダード人と出会う機会も当然、増える。



 そんな中、日本の友人から
一冊の本が届いた。


『祝祭と暴力〜スティールパンとカーニヴァルの文化政治』著:冨田晃



 この友人、冨田晃さんはニューヨークに居たかと思うとメキシコに飛び、しばらくすると弘前大学でスティールパンを教えているというメールが来るし、その次のメールはテネシーから三味線と写真を教えているというものだった。
 これでは冨田さんが一体どんな人物なのか、さっぱり分からないと思うけれど、彼はカリブ海文化に取り憑かれている。そもそもはホンジュラスに暮らすガリフナという黒人民族を研究していて、ホンジュラスからニューヨークに移住したガリフナ人のおばあさんの家にホームステイしていた。


 冨田さんと知り合った当時、私はガリフナという民族のことはまったく知らなかった。けれど去年、ハーレム在住の18歳のラッパーをインタビューした時、彼が「ママはホンジュラスからの移民で、ガリフナなんだ」と言った。ニューヨークのエスニックの複雑な混ざり具合に改めて驚いた瞬間だった



■スティールパンとカーニヴァル


 話を元に戻そう。冨田さんはガリフナと同時に、トリニダードが生んだ楽器、スティールパンにも取り憑かれている。トリニダード人のスティールパン・オーケストラに参加もしていた。私も冨田さんに誘われてスティールパン・コンクールを見るために、真夜中にブルックリンのだだっ広い野原に出掛けたことがある。コンクール会場となっていたあの野原、暗闇の中をタクシーを飛ばして行ったので、ブルックリンのどの辺りに位置するのか未だに知らないけれど、すごい数のオーケストラがスタンバイしていた。


 このコンクールは、毎年レイバーデイ(9月の第一月曜日)に行われるウエストインディアン・アメリカン・デイ・カーニヴァルの前哨戦のようなイベント。ウエストインディアンとはカリビアンとほぼ同義語で、カーニヴァルは200万人のカリビアンが集結する、壮大で盛大でめちゃくちゃ騒がしくて楽しい、壮絶なイベント。人生で必ず一度は見るべきだと、私は断言する。


 このカーニヴァル、カリブ海の国々〜ジャマイカ、ハイチ、グレナダ、ガイアナ、セントルシア、セントヴィンセント、バルバドスetc〜からの移民が参加するのだけれど、カーニヴァルのスタイルはトリニダード式。島で行われるハデでにぎにぎしいカーニヴァルがニューヨークで再現されているのだ。


 冨田さんはカーニヴァルの本場であるトリニダードに行き、そこでみっちりと取材をし、カーニヴァルを軸に歴史、文化、政治、社会を考察している。加えてニューヨークのカリビアン・コミュニティの事情も怠りなくリポートしている。



 トリニダードはヨーロッパ人に占領され、アフリカ人が奴隷として連れて来られた島だ。奴隷の子孫である黒人たちは、やがてトリニダードの主だったエスニック・グループのひとつとなった。今では独立国家となったトリニダードだけれど、まだまだ豊かではなく、多くの人が移民としてニューヨーク、特にブルックリンにやってくる。アメリカという人種国家にやってきたトリニダード人たちは、ここで移民として、マイノリティとして、新たな暮らし方を構築していく。
 つまり、トリニダードのトリニ人も、ブルックリンのトリニ人も、カリビアンの朗らかさ、大らかさを保ちながらも、貧困と暴力の歴史を引き摺っている。もしかすると、その相反する二面性こそが、カリブ海文化のコアなのかもしれない。



■ニューヨークのトリニ人


 昨年、ニューヨークに暮らすトリニダード人女性をインタビューした。彼女は自身のエスニックを「ドゥグラ」と説明した。トリニダードにはインドからの移民も多く、黒人と対を成す大きなグループを成している。当然、黒人とインド系の混血も存在し、それをドゥグラと呼ぶ。


 女性は、ニューヨークでは他人から『あなた、エキゾチックな顔立ちだけど、どこから来たの?』と訊かれることがあると言っていた。この女性は、カーニヴァルではカリプソで踊り、ヒンドゥー教の祝日にはサリーを着るとも言っていた。


 つい先日は、帽子デザイナーのトリニダード人男性をインタビューした。冨田さんの本『祝祭と暴力』を見せると、スティールパンの練習風景を撮った写真を見て「懐かしいなぁ」と言った。けれどこの男性は、自分がトリニダード出身であることを人にはあまり言わないと言う。なぜかは分からない。


 先の女性はこうも言った。「カリブ海って言うと、みんなジャマイカを連想するのよね。他にも素敵な島がたくさんあるって知ろうともしないのよ」


 トリニダード・トバゴは、さまざまなカルチャーが複雑に絡み合い、凝縮された、カリブ海の秘密の玉手箱に違いない。



●『祝祭と暴力〜スティールパンとカーニヴァルの文化政治』冨田晃/二宮書店
※トリニダードのカーニヴァル風景を収めたCD-ROM付き



●『祝祭と暴力』公式ブログ


●冨田晃/個人HP『Caribbean Boy HP』



●『アメリカ移民物語〜トリニダード〜島には暖かい太陽、家族との一体感がある』U.S. FrontLine インタビュー:堂本かおる
↑バックナンバーNo.288「アメリカ移民物語」をダウンロードしてください



●NYのウェストインディアン・カーニヴァルの写真 撮影:堂本かおる






ホーム


Copyright(c)2006 NYBCT all rights reserved
文:堂本かおる