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2006/1/24




教会帰り・お通夜・ドラムライン





●ハーレム ←→ ブルックリン




 日曜日の午後、ハーレム135丁目の地下鉄駅。教会帰りの正装した人たちが、帰宅するために列車を待っている。


 年配の黒人女性がいる。ダークスキンでふくよかで、暗赤色のコートを着ている。ベンチに腰を降ろす前に、強いカリブ海アクセントで「汚れていないわよね」と言いながら、座席部分を確かめている。


 いったんベンチに座ると、隣りに座っている私に向って、「あなた、電話持ってる?」 
 カリブ海アクセントが、ちょっと聞き取り辛い。
 「電話よ、電話。ケータイ電話」「持ってたら、貸してくれないかしら」
 携帯を取り出し、女性に手渡そうとすると、「あなたがダイヤルして」「えーとね、718-692-.....えーと、何番だったかしら。ちょっと待ってね」
 女性はバッグの中を探って大判のアドレス帳を取り出し、ページを繰る。「あ、ここよ、ここ。718-692-XXXX」
 言われた番号を押し、呼び出し音を確かめてから、女性に携帯を渡す。
 「ハーイ! 私よ。今、教会の帰りなの。今からそっちに寄るから。じゃあね」
 電話番号の718はマンハッタンではなく、ブルックリンで使われているエリアコード。地下鉄はマンハッタンをハーレムからウォールストリートまで縦断し、その後はブルックリンに入る。ブルックリンには大きなカリビアン・コミュニティがある。


 「ありがとう」と女性は私に携帯を返し、その時、列車がホームに滑り込んできた。女性は私のヒザをポンと叩いた。「ほら、列車が来たわよ」



●天国の色



 アパートのエレベーターで、50代に見える女性と乗り合わせた。白いウールのコートの襟元には、豪華な白いファーが付いている。コートの中は白いハイネックのセーターと白いパンツ。帽子もバッグも白。細身で背の高い人なので、とても似合っている。しかも雑誌に登場しても違和感がなさそうなほどに洗練されている。


 思わず、「ゴージャスですね」と声を掛けた。


 「知り合いのお通夜なの。彼女は天国に行くのよ。だから私も彼女を見送るために白を着ているの」




●地下鉄のドラムライン

 34丁目の地下鉄駅ホーム。スティーヴィー・ワンダーの「マイ・シェリー・アモール」を歌っているシンガーがいる。ドレッドロックの黒人男性。アコースティックギターを弾きながらの素朴な「マイ・シェリー・アモール」。


 シンガーの背後から、いきなりドラムの音が響いた。シンガーは歌うのを止めて振り返った。電車待ちの客たちも音のする方を一斉に振り返った。


 9人の黒人ティーンエイジャーが横一列に並び、ドラムラインを始めたのだった。ホームの幅は狭く、本来の大振りな振り付けは出来ないものの、ドラムを叩きながらスティックを回したり、前後2〜3歩のステップなら踏める。


 ホームに居合わせた客には予想外の楽しいアトラクションとなった。ただし、「マイ・シェリー・アモール」のシンガーは商売あがったり。歌ったところでドラムの音にかき消されてしまい、チップが稼げない。だからシンガーもあきらめて、ギターを抱えてドラムラインを眺めるのみ。


 ティーンエイジャーたちは2曲演奏すると、やって来た列車にドラムごとドヤドヤと乗り込んだ。人前での演奏にエキサイトした様子で、全員が楽しそうに笑っていた。すぐに列車のドアは閉まり、発車した。


 シンガーはまた、静かに「マイ・シェリー・アモール」を歌い始めた。







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文:堂本かおる