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2000/10/09

HIP HOP 初のメジャー展覧会
ルーツ、ライム&レイジ


マンハッタンから地下鉄で15分のイースタン・パークウェイ。ここには昨年、アフリカ人アーティストによる“象のフンを使った聖母マリア象”の展示が物議をかもしたブルックリン美術館がある。9月21日、ここで翌日からいよいよ始まる全米初のメジャー美術館でのヒップホップ展覧会「ヒップホップ・ネイション:ルーツ、ライム&レイジ」のプレ・オープニング・イベントがあった。


午後6時。美術館入口に着くと、受付デスクで招待者リストと照合され、“オール・アクセス”を意味する紫の不織布製ブレスレットを手首に巻かれた。その次は金属探知器での身体検査。ヒップホップ関連のイベントでは常に警備が厳しい。なまじな国際空港よりも、よほど。パンツのポケットに入っていたキーホルダーのせいで、ひっかかってしまった知人を待ち、ようやく館内へ。


3階まで吹き抜けのクラシックな造りのホールにステージが設えてあり、無料ドリンクをもらって飲んでいるうちに、ブレイクダンスが始まった。ダンサーには黒人よりもラティーノが多い。ヒップホップとは、1970年代半ばにラティーノ、アフリカン-アメリカン、カリビアンが多く住むニューヨークのブロンクスで生まれた、ラップ、DJ(スクラッチ)、ブレイクダンス、グラフィティの4つの文化の総称であり、だからヒップホップの作り手にはラティーノも多い。決してアフリカン−アメリカンだけのものではない。


バックステージに入ると、そこにはライブ直前のコールド・クラッシュ・ブラザーズ(以下C.C.B.)が控えており、応援に駆けつけたLLクールJも、なごやかに談笑中。やがてLLがステージに上がり、オールドスクールの雄C.C.B.を派手々々しくオーディエンスに紹介。C.C.B.は1975年、ヒップホップ創世期にブロンクスで結成されたグループで、当時“アルバムをリリースしていない最も有名なグループ”と称され、ヒップホップのバイブルとなっている映画「ワイルドスタイル」にも出演。その後、ニュースクールの登場と共に、いったんは活動の場を無くしたものの、ここ最近のオールドスクール再評価ブームでまた多忙となっている。


C.C.B.のステージは、まさに圧巻のオールドスクール。DJ以外のメンバー5人全員がステージ最前線に一直線に並び、床を踏みならしながら“Cold Crush Brothers!!”を連呼するストンプ・スタイル・ラップは一見の価値あり。

Cold Crush Bro.
Cold Crush Brothers


LLにとっては、C.C.B.は10代の頃のヒーローであり、紹介を終えてステージ袖に下った後も、積み上げられたスピーカーの後ろで、時には持参のホイッスルを鳴らしながらの盛り上がり振り。その最中に関係者の連れてきた白人の子供にサインをねだられても愛想よく振る舞うあたりは、さすがの余裕。ちなみに彼は、こちらではテレビで主演ドラマを持つ人気タレントでもある。



・・・・・

展覧会そのものについては、賛否両論が聞かれる。先にも書いたようにヒップホップとはラップ/DJ/ブレイクダンス/ヴィジュアルの4つから成るものなのに、この展覧会ではメジャーな音楽(ラップ&DJ)ばかりがフィーチャーされていて、ダンスとグラフィティが欠けているという否定派と、とにもかくにも、こうやって大々的なヒップホップ展が開かれたということ自体に意味があるという肯定派。


ランDMCのヒモなしアディダスや、アフリカ・バンバータの黄金のマントから、なんとヴァニラ・アイスのスパンコール・スーツまで、衣装の展示はなかなかの量だけれど、特にどうということもなく、軽く流してしまう。それよりも、壁のスクリーンや設置されているモニターで流されている懐かしいヒップホップのビデオ・クリップ集や、ラッセル・シモンズなどのヒップホップ・セレブリティのインタビューに見入ってしまう。壁にはヒップホップ・アーティストがフィーチャーされた雑誌の表紙群。スヌープ・ドッグやドクター・ドレ、ローリン・ヒルが圧倒的に多い。


しかし、もっとも興味深かったのは、1970年代半ば〜80年代前半頃までの手書きのフライヤー(ビラ)群。その頃、ヒップホップ・シーンではライブの告知にメディアを使うことは出来ず、手製のフライヤーだけが宣伝媒体だった。しかもコンピュータが普及する以前のことで、手書きのロゴ入りもあるし、デザインも凝っているわりには、垢抜けていなかったりするのだけれど、とにかくこれらのフライヤーは貴重だ。


おもちゃ感覚で面白かったのは、コンピュータ・モニタにレコード・プレイヤーが描かれており、画面上のスイッチを触ることでスクラッチが出来る“誰でもインスタントDJ”マシーン。また往年のグラフィティ満艦飾のサブウェイ・トレインが実際に走っているように見えるようプログラムされたMacモニターも楽しかった。しかし、本物のグラフィティの展示は少なく、それが寂しい。あと、展示室になんのBGMもなかったことも不思議。ヒップホップのエキシビションである、これは。なのにビデオ・クリップを流しているモニター周辺以外は無音状態で、まるで印象派絵画でも鑑賞するかのように、展示物を眺めるのである。


とにかく、ロックであれ、ヒップホップであれ、殿堂だの展覧会だのが開かれるようになると、それはもう、最先端ではなくなったことの証しなのかもしれない。オールドスクール再評価のブームもその現れだろう。だとしたら、ヒップホップの次にくるブラック・カルチャーとは、一体何なのだろう。それとも、一般の目には触れないアンダーグラウンドでは、まだまだ生のヒップホップが生まれ続けているのだろうか。



●ヒップホップ・ネイション:ルーツ、ライム&レイジ
Hip-Hop Nation: Roots, Rhymes, and Rage
9/22(金)〜12/31(日)

ブルックリン美術館 Brooklyn Museum of Art
200 Eastern Pkwy(地下鉄2,3のEastern Parkway/Brooklyn Museum)
(718)638-5000
水木金10am〜5pm、土11am〜6pm、日11am〜6pm、月火休館
(毎月第1土のみ11am〜11pm)
一般$4 学生&シニア$2 12 才以下無料

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