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2000/12/12

ハーレムのアパートにて
〜12月のとある週末〜

 12月初旬のある金曜日の午後2時過ぎ。ハーレムの自宅でコンピュータに向かって仕事をしていたところ、通りからR&Bやヒップホップ・ナンバーが延々と、もうかれこれ30分以上も聞こえていたことに気付いた。ふと気になり、5階の窓から通りを見下ろすと、アパートの前に白っぽいバンが止めてある。運転席側のドアが開けてあり、そこからカー・ステレオの音が流れ出ていたのだ。開けてあるドアの前には5人のティーンエイジャーが輪になって立っている。全員が曲に合わせて身体を揺すりながら、なにやら楽しそうに話を弾ませている。ちなみにこの日、外気温は摂氏3度。


 ほぼ全員がダウン・ジャケットにバギー・ジーンズ、ブーツにニット・キャップという、若い黒人男性によくある格好。質の悪い連中ではなく、“ごく普通の高校ドロップウト”たちだ。ある資料によると、ハーレムでの高校中退率は65%に上る。

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 私が住むアパートから通りを一本渡ったところにコイン・ランドリーがある。経営者はアフリカン−アメリカンではなくアラブ系。


 土曜日の昼頃、洗い終った洗濯物を乾燥機に投げ込んでいる最中に、誰かに名前を呼ばれた。振り返ると、そこに立っていたのは同僚のディー・ディーだった。彼女は背が高く、がっちりした体格のうえに、ブロンドに脱色したドレッドロックと、いつもかけている薄い色のサングラスのせいで、かなりタフに見える。実際、ディー・ディーはタフだ。YMCAの子供カウンセラーとしての給料だけで18歳、13歳、5歳の3人の子供を育てているシングル・マザー。子供に対する態度は厳しく、YMCAでは他人の子供も、自分の子供も関係なく、大声で叱り飛ばしている。


 「何してんの! こんなところで? え? ここに引っ越してきたの? 私もすぐそこ、教会のとなりのプロジェクト(低所得者団地)に住んでるのよ」と言いながら、私をがっしりハグするディー・ディー。
 「じゃ、これからはご近所さんよね」と笑い、「これ、私の電話番号」と、ジーンズのバック・ポケットから名刺を取り出す。彼女の末っ子の名前から取った「チャーリーズ・エンジェル」という“社名”が刷られている。ディー・ディーは忙しい毎日の生活の合間に、地元コミュニティの小さなイベント開催などを手伝っているのだ。
 土曜の午後だから、コインランドリーは混んでいた。洗濯機にも乾燥機にも空きが無かった。ディー・ディーは「仕方ない。月曜の朝一に戻ってくるしかないわね」とため息をつき、一週間分の洗濯物を詰め込んだカートを押しながら、自宅に戻っていった。

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 アパートの6階に、ミシェルという女性がふたりの子供と一緒に住んでいる。彼女自身はおそらく30代半ばで、女の子は9歳くらい、男の子は7歳くらいに見える。ミシェルは斜視なので、視線がどこを向いているのか判らないことが時にあるけれど、でも、とても朗らかな性格で、階段や入り口で会えば必ず「ハーイ」と笑顔で話しかけてくる。


 ミシェルは親戚が同じアパートの4階に住んでおり、自宅とそこを頻繁に行き来する。日曜の昼ごろ、階段の踊り場で、4階に向かう花柄のネグリジェ姿のミシェルに遭遇した。連れている息子のほうは赤いタータン・チェックのパジャマ姿。寝起きの乱れた髪を気にする風もなく、ミシェルはいつものように「ハ〜イ」と明るく声をかけてきた。


 実は、前々日の金曜の午後に、ミシェルの子供のうち、年長の女の子のほうが4階の親戚宅のドア・ベルを押しているのを見た。小学校から帰ってきたばかりで、白いブラウスとチェックのジャンパー・スカートという制服姿。(最近はニューヨークの公立小学校も制服を導入し始めている) 5階に向かって階段を上る私に気付いた彼女は、母親に比べると幾分、控えめな声で「ハイ」と声をかけてきた。ブレイズ・ヘアで眼鏡をかけた、かしこそうな顔立ちの少女。ハイと私も応える。すると彼女は、やはり少し恥ずかしそうな声で“Have a nice day.”と言った。意外に思えるけれど、これは母親であるミシェルの躾けの成果に違いない。

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