NYBCT

2001/01/06

子供コンピュータ教室 #02
ハーレムYMCA


 私はハーレムYMCAで子供たちのコンピュータ・クラスのインストラクター・アシスタントをしている。


 アメリカのYMCAには、After School Programという学童保育のようなクラスがある。これは午後3時で下校した子供たちを、仕事を終えた親が迎えに来る夕方5時〜7時まで預かるシステム。アメリカでは子供を大人の監督なしに放っておくことは法律違反となるのだ。


 学校で既に6時間勉強したあと、さらに2〜4時間という結構長い時間を、子供たちはYMCAで過ごす。まず、宿題とおやつの時間があり、その後はバスケ、空手、水泳、アート、ビデオ鑑賞、お話の朗読など、さまざまなアクティビティが続き、コンピュータ・クラスも、そのうちのひとつ。


[ブリトニー]
 ブリトニーは9歳。ダーク・チョコレート色の面長な顔に、用心深そうな大きな目が、ちょっと印象的。髪が多く、太いブレイズ(三つ編み)を幾つも編んでいる。口が達者で、妙に世慣れた感じのする子供。


 ある日、ブリトニーがマウスで何やら一生懸命に絵を描いていた。大きなWのふたつの谷間に、それぞれ小さな×、そして下方にYをひとつ。描き上がった歪んだアルファベットを見て、となりに座っている女の子とゲラゲラ大笑いを始めた。
「ブリトニー、それ何?」と尋ねてみる。
「何だと思う?」まだ笑っている。
「あのね、こういうことは21歳(※)になってからやってよね」
「もう21歳だもん」
「それにしては背が低くない?」
「だって、私、小人なんだも〜ん」


 別のある日、ブリトニーが、描いた絵のプリント・アウトをしたいというので、許可を出した。プリントアウトはひとり1日に1枚と決めてあるのだ。そうでないと、どの子も際限なく印刷を続け、あっと言う間にトナーや紙がなくなってしまう。


 プリントアウトを終えたブリトニーが、もう一度印刷の画面を出しているのを見つけた。
「もう、1枚プリントしたでしょ、印刷キャンセルのボタンをクリックしなさい」と私が言うと、「わかったよお」と言いつつ、彼女はprintのボタンをクリックしてしまった。
「なにやってんの! キャンセルするって言ったじゃない」と怒る私。「キャンセルしようとしたよ。でも、うっかりprintを押しちゃったの。ミステイクよ」と、嘘をついても悪びれないブリトニー。… ブリトニーとは、こういう子である。


 ある日、ブリトニーがいつにない熱心さで算数ソフトに取り組んでいた。その日はケンカ相手のジュリアンが居なかったせいかもしれない。とにかく、頑張ってなかなかのスコアを取っていたので、「へー、すごいじゃん」と言いつつ、彼女のブレイズ頭をポンとはたいた。
「どうして私の頭に触るわけ?」… いつものブリトニーだ。
「だって、このブレイズ、可愛いから」と何気なくほめる。一瞬、ブリトニーが黙り込んだ。彼女にしては珍しいことだ。でも、次ぎに彼女の口から出た言葉は「で、そうやって私のヘアスタイルを台無しにするわけね」ああ、まったくいつものブリトニーである。しかし…。


 アメリカ人の親は頻繁に子供をほめる。“You are cute, great, pretty, wonderful, etc, etc...” だから子供もほめられることに結構慣れていて、たいていは“Thanks.”と軽く受け流す。なのに口の達者なブリトニーが沈黙した。おそらく彼女は「可愛い」といってほめられることが滅多にないのだろう。そう、彼女はあまり美人とは言えない顔立ちなのだ。でもブリトニーもやはり女の子、誰かに可愛いと言ってもらうことも必要なのである。

※アメリカでは、法的に21歳で成人となる


[アリ]
 アリ(仮名)は男の子だけれど、女の子よりも、か細く、高い声で話す、おとなしい子供。9歳だけれど小柄だし、精神的にもまだあどけなく、だから7歳くらいにしか見えない。アフリカからの移民だからか、英語はアメリカ生まれの子供と同じように話せても、読み書きがかなり苦手。



 クリスマス間近のある日、いつもは禁じているインターネットを特別に解禁した。子供たちは大喜びで、速効でWWF.comだの、FoxKids.comだの、お気に入りのサイトに飛んで行った。ふと見ると、アリは他の女の子といっしょにBarbie.comで遊んでいる。バービー人形のサイトだ。それに飽きたら、やはりアメリカの女の子に超人気のPowerPuffGirls.comやDivaStarz.com。その時は、あれ?と思ったものの、他の子供に手を取られていて、特に気にはしなかった。


 後日、レギュラー・クラスに戻り、いつものように算数や外国語、お絵描きなどのいわゆる“教育ソフト”と呼ばれるゲームをさせていた日、アリはグリーティング・カード・ソフトで遊んでいた。Birthday, Mother's Day などのメッセージを選び、そこに花やハートなどのイラストをレイアウトしていく女の子用のソフトだ。アリは自分の横にイスを引き寄せ、私に「ここに座って、ボクを手伝ってね」と頼む。モニター上のカードに花と天使を、きちんと交互にレイアウトしていく。可愛くないイラストはパスだ。出来上がりをプリントアウトし、とても嬉しそうに、それを見せてくれる。


 他の男の子のように飛んだり跳ねたりの遊びはしないアリなのに、顔にはいつも生キズが絶えない。メイン・インストラクターが「ああいう子だから、きっと他の子にいじめられてるのよ」と言う。多分その通りなのだろう。今はまだ、自分が女の子の遊びを好むことを隠そうとはしないけれど、そのうち、それがいじめの標的になっていることに気付くだろう。黒人社会には、かなりの“マッチョ指向”があり、それは男の子の世界でも同じ。例えば、子供たちの間では今、弱冠13歳のラッパー Lil' Bow Wowが人気だ。まだまだあどけない顔をしたこのお子様ラッパーは、自分より大きくて獰猛な犬を連れ、“Check my name out, Lil' Bow Wow!(オレの名前をチェックしろ、リル・バウワウ!)”と、一人前のサグ気取りなのだけれど、男の子たちは、とにかく彼に夢中なのだ。


 またアリは読み書きのレベルが極端に低いことから、学校の成績も良くはないと思われる。つまり、他の子供から見れば「女みたいで、しかもトロいアフリカン」となる。… この先、成長するにつれて、アリにはかなりの困難が待っていることは確か。せめて読み書きを標準レベルまで引き上げられないものだろうか。


[カイージャ]
 カイージャは5歳の女の子。ソラマメみたいな丸いおでこと、大きな目。小さな身体に、マジックマーカーで描いた線みたいに細い手足。いつもニコニコし、おしゃべりもするけれど、他の子供みたいに“Me, me, me!!!”と自分を押し出すことは、あまりしない。そして、決定的に集中力がない。コンピュータもせいぜい10分程度しか続けられず、飽きてくると、昼寝中の仔ネコみたいに回転イスのシートにうずくまったり(カイージャはとても小さいので、こういうことが出来る)、イスに腹ばいになって両手両足をぶらぶらさせたりする。それでもニコニコしていて、すねたり怒ったりすることは、まずないのだけれど、万一、イスから落ちるといけないので、抱き起こしに行く。そうすると今度は私にもたれかかってきて、まっすぐに立とうとしない。これは、かまってほしい、遊んでほしいのサインなのだ。



 前回はお絵描きソフトで一緒にカイージャの顔を描いたら、「私の顔の色は、そんな黄色じゃなくて、この茶色」などと熱中してくれたけれど、今日はそれも効果なし。仕方ないから、しばらくコンピュータを離れて話をすることにした。
「カイージャ、兄弟はいるの?」
「ベイビー・シスター(妹)が生まれたばっかり」
…なるほど、親はきっと赤ちゃんの世話に忙しく、カイージャは淋しい思いをしているのだ。以前、カイージャと一緒にお絵描きをしたカウンセラーに聞いたのだけれど、カウンセラーが男の人の顔を描き、これはあなたのダディよ、と言ったところ、カイージャは父親の顔を怒った表情に描き変えてしまったそうだ。赤ちゃんにやきもちを焼いて、すねたカイージャを、お父さんが叱ったのかもしれない。
「じゃあ、カイージャはビッグ・シスター(おねえちゃん)なんだね」
「そう」
「赤ちゃんと遊ぶ?」
「ううん」
「どうして?」
「だって、赤ちゃんは寝てばっかりだから」
「じゃ、赤ちゃんが寝ているあいだに顔をつねったりしてるんだ」
「そんなこと、しなーい」と、クスクス笑う。
ここで他の子供のコンピュータがフリーズしてしまい、ふたりだけの短い会話は終った。



 数日後、廊下で私を見つけたカイージャは、私に向かって一目散に走り寄り、思いきり抱きついてきた。たった2分間だけでも、誰かが自分だけをかまってくれたことが、よほど嬉しかったのだ。


[ジョーダン]
 ジョーダン(仮名)は10歳の男の子。いつも彼を迎えにくるドレッドロックでおしゃれなお父さんの影響か、彼もラインストーンの片耳ピアスでキメている。けれど、ジョーダンは実は、きわめて軽い自閉症と診断されている。と言っても、日常生活のほとんどの場合において、他人とほぼ普通に交わることができるので、健常児と共に公立小学校に通っている。



 ジョーダンはとても穏やかな性格をしている。長い会話はできないし、入り組んだ質問にも答えられないけれど、知人友人には必ず自分から笑顔で挨拶をするし、久しぶりに会ったときにはハグもしてくれる。彼が使っているコンピュータを、他の子供に使わせなくてはならない時も、事情をきちんと説明すれば「いいよ」と席を譲ってくれる。これはコンピュータに夢中の子供たちにとっては、とても珍しいことなのだ。


 おまけに知能は高く、難しいゲームソフトも自分でどんどんプレイ方法を学んでゆくし、他の子供がやりたがらないスクラブル(アルファベットの書かれたピースを並べて単語を作るゲーム)のコンピュータ版も得意だ。ゲームでスコアが取れた瞬間には“Oh, yeah!”とか“I like it!”とか言いながらハンドクラップをしたり、他の子供と同じようにファンキーな面も見せる。その一方で、つまらないソフトだと、そっと席を立って室内をうろうろし出す。また、学校の成績は良い方だと聞く。


 ただ、いったんコンピュータに夢中になってしまうと、他のことは一切目に入らなくなり、時に座ったままでおもらしをし、それに気付きさえしないこともある。また「もう帰る時間だよ」と言うと、大抵は聞き分け良く席を立つけれど、たまに「ここが済んでから」と言ってしばらく遊び続けることがある。彼が「ここだけ」と言った時は、本当にそのセクションが終ったら止めるので、横に立って待つことにしているのだけれど、ある日、他のインストラクターが無理矢理に彼をクラスから出してしまった。案の定、ジョーダンはトイレに籠り、泣きながら、おもらしをしてしまった。この、いったん自分の世界に入り込んだら感情をコントロールできなくなるところが、自閉症と診断された理由だ。


 他の子供たちは、ジョーダンが自分たちと少し違うことを知っているけれど、それを特に気にはしていない。彼は自分の世界で機嫌よく遊んで、普通は誰にも迷惑をかけないし、短い会話なら誰とでも交わす。活発盛りで、ハーレムならではのストリートワイズな知恵も付き出す10歳の男の子たちがジョーダンと一緒に遊ぶのは無理だけれど、それでもジョーダンのことは、みんな、それなりに認めているのだ。

What's New?に戻る
ハーレムに戻る

ホーム