NYBCT

2001/02/25

クリントン元大統領が
ハーレムに運んでくるもの



 クリントン元大統領がハーレムにやってくる。大統領引退後の新オフィスをハーレム125丁目に構えようとしているのだ。そもそもはミッドタウンにあるカーネギー・ホール・タワーを予定していたのだけれど、年間家賃がなんと74万ドル。元大統領のオフィス家賃は税金で賄われることになっており、さっそく非難轟々となった。それを見た、ハーレムを基盤とする辣腕下院議員のリチャード・ランゲル氏が、旧知の中であるクリントンにすかさず電話をし、家賃の安いハーレムのオフィス・ビル“55 West 125th Street”を薦めたのだ。


 2月半ばにはクリントン自らがハーレムを訪れ、人々を驚かせた。この日のニュースはこの件で持ち切りとなったのだけれど、街頭インタビューされた人々は、一様に興奮を隠しきれないようだった。数日後に落ち着きを取り戻した55 Westビルの前を通りかかった時に、既に改装済みのロビーをのぞき込んでいると、受付けデスクのセキュリティ(警護係)が、私を手招きして中に呼び入れた。
「中を見たいのかい? さあ、入って、入って。きれいになっただろう」と嬉しそうに話す。
「あれって、ニュースで写ってた絵ね」天井近くにはアフリカン−アメリカンを描いた大きな絵が掛けられている。
「そうだよ、なんたって大統領が来るからね」50代と思しきセキュリティ・ガイは得意満面の笑みを浮かべた。

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 人々は元大統領が来ることによって、ハーレムのビジネスが活性化されることをを期待している。ハーレムは既に再開発真っただ中で、映画館、HMV、スターバックスなどの全国チェーンが入ってきているけれど、これはまだコミュニティ活性化の最初の一歩に他ならない。スターバックスが1軒できたからといって、すぐに住民の平均所得や、公立小学校の教育レベルが上がったりする訳ではないからだ。


 クリントンがハーレムにオフィスを構えれば、これまでは黒人地区に足を踏み入れたがらなかった多くの企業も動き出すかもしれない。そうすればハーレム内での雇用が増える。雇用率が上がれば、それはすなわち平均所得の上昇を意味する。平均所得が上がれば、人々は質の良いサービスを要求し出す。商店は価格が高くても品質の良い商品を置かなくてはならないし、親には子供の教育に関心を払う余裕が出てくるだろう。そして高等教育を受けた子供たちは、さらに高い所得の得られる職につき、ハーレムに留まるか、もしくは外に出ていくか、という選択もできるようになる。

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 しかし、これらは全て、黒人間だけで行うことは無理である。ニューヨーク市の人口の30%は白人であり、多くのビジネスが白人によって経営されていることを考えると、白人との協調は必至で、そのシンボルが、今回ハーレムに来ようとしているクリントン元大統領。いわずもがな、クリントンも白人である。


 だけれどハーレムの人々は、ここ2〜3年の、ハーレムへの白人の流入を、やや不安な面持ちで眺めている。


 メインストリートの125th Street界隈では、特に白人の増加が目出つ。観光客ではなく、ハーレムに移り住んだ人たちだ。ディスカウント・ストアで生活用品を買ったりしている。ハーレムの人々も、これらの白人が家賃の支払いや日々の買い物でハーレムの経済に貢献していることは認めているものの、これ以上白人が増えれば、これまで守ってきたアフリカン−アメリカン文化を維持できなくなるのではないか、と感じているのだ。


 では、アフリカン−アメリカン文化とはなんだろう? 文化とは、もちろん音楽やダンスといったアート、エボニックスと呼ばれる黒人英語、ソウルフードとして知られる料理など、生活にかかわるあらゆる要素を含んでいるけれど、ここで人々がいうアフリカン−アメリカン文化とは“コミュニティの絆”の強さである。実際にここに住めば納得できる、同じneighborhood(近所)に住む者たちが、お互いをcare(思いやる、面倒を見る)する連帯感のことなのである。

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 クリントンの新オフィス開設が、実際にはどんなインパクトをハーレムに与えるのか。それはまだ誰にも分からないけれど、少なくとも人々は変化の到来を察知している。

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