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2001/05/23

本多勝一氏と巡るハーレム
32年振りの再訪


 今から32年前の1969年。当時、朝日新聞の記者だった本多勝一氏は、アメリカの主に黒人とネイティブ・アメリカンをルポするために単身渡米し、ハーレムや南部を半年に渡って取材。その記事はまず朝日新聞に連載され、後に1冊の本にまとめられて「アメリカ合州国」として出版された。当時、アメリカの黒人社会にここまで深く潜入して書かれた本は、日本ではほとんど出版されておらず、大きなセンセーションを巻き起こした。


 その本多氏が2001年にハーレムを再び訪れた。あれから32年、その間にハーレムの何が変わって、何が変わらずにいるのかを取材するために。前回の取材時はハーレムに住む“ブラウン君”という黒人青年がガイド役を務めているのだけれど、そのブラウン君の行方を探すことはもはや不可能で、今回、私がブラウン君に代わって本多氏を案内することとなった。

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 本多勝一と言えば、まさに硬派ジャーナリストの代名詞のような存在。かつては敏腕新聞記者として世界各地を巡って数々のルポを書き、それらは今も書店の棚に並んでいる。また戦争やジャーナリズムについてなど、議論を呼ぶこと必至の著作も多く、論争や非難の渦中にあったことも数知れず。さらに朝日新聞を退社後は「週刊金曜日」という、これもまた硬派な週刊誌を立ち上げ、そこからは「買ってはいけない」のベストセラーも出ている。



 ところが、ハーレムにほど近いホテルの朝食ルームでお会いした本多氏は、いたって温和で物静か。取材用のノートとカメラを肌身離さずに持ってはいるものの、とても辣腕ジャーナリストには見えない。「初めまして。本多といいます。今回はよろしくお願いします。ところで、どこかカバンを買えるところはありますか? カメラを入れるカバンを成田で買おうと思っていたんですが、時間がなくて …」と、本多氏はケースにも入れていない、剥き出しのカメラを携えて丁寧な挨拶をされた。

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 32年前、本多氏はハーレムYMCAに宿泊して取材をしたと「アメリカ合州国」にもある。今回の取材では、そのYMCAも含め、前回訪れた場所を再訪したり、現在のハーレムを良く知る人たちをインタビューして1969年のハーレムと、2001年のハーレムとの比較にポイント置いているとのことだった。


 本多氏の取材方法は、ひたすら歩いて、見て、聞いて、ノートを取る。インタビュー相手の話が脱線しても、既知の話題が出ても、相手を遮ることはせず、とにかく聞く。はっきりとしない部分は通訳を通じて何度も聞き直す。そして写真撮影。


 数日間に渡るハーレムの取材を終えた本多氏は、通訳兼アシスタントの“カズ君”と共にアメリカ南部の取材へと旅立って行った。この一連の取材の成果は「週刊金曜日」に連載されるとのことなので(時期は未定)、ハーレムの変化に興味のある方は「アメリカ合州国」と読み比べてみられてはいかがでしょうか。


●本多勝一「アメリカ合州国」朝日文庫 ¥544
1969年に単身アメリカに渡った本多氏が、ハーレムやアメリカ南部諸州をまわり、主に黒人の生活や人種差別の実態について書いたルポ。ハーレムではYMCAや廃虚のようなアパートに暮らし、人は良いけれどお金にだらしのない“ブラウン君”と共にハーレムを取材。南部紀行では、自身が激しい人種差別に遭遇。また戦後に黒人兵と結婚して渡米した日本人女性も取材している。なお、ハーレムの章の写真撮影は、氏の友人でもある吉田ルイ子氏。
朝日文庫 本多勝一シリーズ(本多勝一を応援する読者会のページ )



●「週刊金曜日」¥500
1993年の創刊以来、常に論議を呼ぶテーマを特集してきた硬派週刊誌。
定期購読(フリーダイアル:0120-004634)か、
大手書店(以下のサイトの「取扱い書店案内」参照)で購入可。
(株)週刊金曜日 Tel.03-3221-8521 Fax.03-3221-8522
今回の取材記事は2001/8/3号(同日発売)より連載開始。


 今回、私が本多氏のガイドを務めることが出来たのは、氏の友人で、やはり作家の中澤まゆみ氏の紹介によってでした。


●中澤まゆみ「ユリ 日系二世 NYハーレムに生きる」文藝春秋 ¥1762
日系二世としてカリフォルニアに生まれたユリは、結婚後にハーレムに移り、公民権運動に深くかかわるうちに、マルコムXとも交友を持つようになった。(当時のLIFE誌に掲載された、凶弾に倒れたマルコムXの写真には、彼を見守るユリの姿も写っている)
第2次世界大戦中の日系人収容所での生活、アジア系でありながらハーレムの黒人たちと共に差別問題と闘う姿など、ユリ・コウチヤマという強くも明るい女性の生涯を綴ったバイオグラフィ。
中澤まゆみホームページ: Cross Culture Joy Luck Club 異文化越境喜福倶楽部


●吉田ルイ子「ハーレムの熱い日々」講談社文庫 ¥495
本多・中澤両氏の友人でもあるフォト・ジャーナリストで、本多氏の「アメリカ合州国」にも写真を提供。1960年代始めにフルブライト奨学金生としてハーレムに近いコロンビア大学に通い、卒業後はニューヨークの広告代理店に勤める。その間に撮り溜めたハーレムの写真をエッセイと共にまとめたのがベストセラー「ハーレムの熱い日々」。
吉田ルイ子公式ホームページ

なお、文庫判190ページに掲載されているアフリカン−アメリカンと日系のミックスの男の子ZULUの写真は読者に強い印象を与えていると思いますが、彼はユリの孫。今回の取材でお会いすることができましたが、現在は一児の父親で、PNB(ストリート・ファッション・ブランド)のチーフ・デザイナー。


●カズ君
ところで、今回の本多氏の取材旅行に通訳兼アシスタントとして同行しているカズ君。彼は日本生まれの日本人ながら、7歳で家族と共に渡米したアメリカ育ち。現在は20歳だけれど、16歳の時に“学校には習うべきことが何もない”と、自らの意志で高校をドロップアウト。以後は家具作りを仕事としながら、刑務所の囚人に本を供給するボランティア活動を続けている。その合間にインド旅行や、生まれ故郷である日本に行って、なぜかミカン摘み作業のアルバイトをしてみたり。

まだ20歳でありながら、本多氏がハーレムの知識人に対して行ったインタビューでの政治的、歴史的な話もなんなく通訳してしまえるカズ君。本人の資質によるところが大きいとは思いますが、子供が日本で育つことと、アメリカで育つことの違いを見た思いでした。


●今回、プロのジャーナリストである本多氏の取材に同行できたことは、とても幸運でした。何よりプロの取材方法を真近で見ることができましたし、ハーレムを案内しているあいだに、私自身がハーレムの“今の姿”を再認識できました。今、南部を旅行中の本多さん、どうもありがとうございました。また今回、私を本多氏に紹介してくださった中澤まゆみ氏にも感謝いたします。中澤さん、どうもありがとうございました。

堂本かおる

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