NYBCT

2001/05/27

夜のハーレムを走る
アフリカン・キャブ・ドライバー


 マンハッタン中をせわしなく走り回っているイエローキャブは、誰もが知っているニューヨークの風物詩。でも、ここハーレムではイエローキャブの姿を見ることは、ほとんどできない。


 イエローキャブの運転手は、そのほとんどが移民。最近ではアラブ系が多い。彼らはニューヨークへ出稼ぎにやって来るとタクシー会社に所属し、ひととおりの訓練を受けてライセンスを取得してから仕事を始める。けれどライセンス取得には高額な手数料がかかる。それを会社に支払ってもらう代わりに、彼らは安い賃金で一日中マンハッタンの街を流すこととなるのだ。


 その移民運転手たちが何より恐れているのが「客を装った強盗に殺される」ことで、強盗犯=黒人だと思い込んでいる。だから彼らは黒人客を頻繁に乗車拒否するし、いったんは乗せても、行き先がハーレムやブロンクスなどの黒人地区だと客を降ろしてしまう。実際、去年はタクシー運転手が強盗されたあげくに殺されるという事件が相次いだ。けれど、その全てがマンハッタン以外の人通りの少ない場所で起っており、ハーレムでは一件も起っていない。理由は簡単。ハーレムと言えどもマンハッタンなので、つまりは住宅密集地だから、客を装った犯人がタクシーを止めさせて強盗し、さらに運転手を殺すことなど人目があって出来ないから。それでも運転手たちはハーレム=危険と思い込んで、ここには滅多にやって来ない。


 けれどハーレムの住人だってタクシーは必要。そこで、ここでは“リブリーキャブlivery cab”と呼ばれる普通乗用車のタクシーが使われている。リブリーキャブは白タクではなく、電話で呼んで乗る、いわゆるハイヤーで、通りを流して客を拾うことは本来は違法。だけどイエローキャブが来ない地区では、行政や警察もそれを黙認している。

・・・・・

 ハーレムのリブリーキャブの運転手には、自身もハーレムに住むアフリカ人が多い。セネガルやマリなど西アフリカ諸国からの移民で、フランス語訛りの英語で客とおしゃべりをしたがるドライバーも多い。


 4月のある夜。125丁目からリブリーキャブに乗った。自宅の住所を告げると、アフリカ人のドライバーは驚いた声を上げた。

「君を見たことあるよ! 僕、君の家のすぐ近所に住んでるんだ。君が通りを歩いているのを見たことあるよ。だって、あの辺にアジア人なんか居ないから覚えてるんだ。

 君、日本人みたいに見えるけれど、コリアンだよね? えー!ジャパニーズなの! 驚いたなあ。だってハーレムってコリアンやチャイニーズは少し居るけれど、日本人は居ないから。(注:125丁目近辺に住む日本人は最近増えている)

 僕? 若く見えるけれど21歳だよ。別に困ることってないよ。よく警官に、やっぱりキャブ・ドライバーにしては若すぎるからって止められるけれど、ちゃんとライセンス持ってるし、特に問題ないよ。

 今、住んでるアパート、引越そうと思ってるだ。だってアフリカン−アメリカンたち騒がしいんだよ。週末なんて一晩中パーティやってるし。

 じゃ、これ僕のカード(名刺)。タクシーが必要な時は、ここに電話してカー・ナンバー26って言ってくれたら来るからね。」

・・・・・

 別のある夜。やはり125丁目から乗った。ドライバーは若いアフリカ人だけれど、物静かな質なのか、行き先を告げた時に「OK」と返事したきり、話しかけてはこなかった。カーステからは、軽くて気持ちの良いアフリカン・ミュージックが流れている。自宅前に着いて料金を払う際に「いい感じの音楽ね。I like it.」と私が言うと、まだ20代に見えるドライバーは「西アフリカの音楽なんだ」と、嬉しそうに笑った。

・・・・・

 つい数日前の雨の夜。今度のドライバーは年配のアフリカ人だった。ニューヨークのタクシーは強盗除けのために、前部座席のシートにアクリルの仕切り板がはめ込まれていて、ドライバーと客は直接の接触ができないようになっている。料金はその板にある5cm角程度の小窓から渡すのだ。けれど、このタクシーは仕切り板を全部下げていた。私が「仕切り板を下げていて大丈夫なの?」と訊くと、ドライバーは運転席にあるスイッチを入れて仕切り板をスルスルと上げ下げして見せ、「大丈夫。怪し気な客を乗せる時だけ、こうやって閉めるから。でも本当は客と話をするのが好きなんだよ」と言った。それから自分がセネガルの出身であることなどを、朗らかに話し始めた。

・・・・・

 去年の1月から4月にかけてブロンクス、ブルックリン、クイーンズで9人ものリブリーキャブ・ドライバーが次々と強盗に殺された。運転手たちは恐怖と緊張感にさいなまれ、さまざまな安全対策が講じられた。それ以来、同種の事件は何故かぱったりと止んだけれど、今年4月28日に1年振りのタクシー強盗殺人事件がクイーンズで起き、今日またブロンクスでドライバーが撃たれたというニュースを見た。けれどハーレムでは、まだ一件も起きてはいない。


(※注:この記事の主旨はブロンクス、ブルックリン、クイーンズが特に危険な地域だということではない。これら3区はマンハッタンよりも通行量の少ない通りが多く、そういった場所ではタクシー運転手への強盗事件が起きやすいということ。)

What's New?に戻る
ハーレムに戻る

ホーム