ハーレム

2001/12/12

『B B Q』
白人街にある“黒人レストラン”のヒスパニック従業員



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 セントラルパークの西側、アッパーウエストサイドと呼ばれる地域は、おもに白人の中・上流層が住む街。洒落たレストランや店が並び、多くのニューヨーカーにとって「いつかは住んでみたい街」だ。通りを歩いてみると、一見カジュアルだけれど実は高価なブランドを何気なく着こなし、血統書付きの、これもつまり高価な犬を連れて散歩する人など、まさに絵に描いたような「ニューヨーカー」をたくさん見かける。


 そんなアッパーウエストに「ダラスBBQ」、通称BBQというレストランがある。BBQとはバーベキューのことで、手頃な値段でローストチキンやバーベキューリブと、フレンチフライやコーンブレッドの盛り合わせを出す店だ。直系15cmはあるグラスに紙製の小さな傘が刺さって供される派手なフローズン・カクテルも人気で、とにかく何をオーダーしても値段の割りにボリュームがもの凄い。


 このBBQはお金持ち白人の街アッパーウエストにあるわけだけれど、一歩中に入るとそこには「ここは本当にアッパーウエスト?」と疑いたくなる光景が広がっている。広い店内で食事を楽しんでいる客のほとんど90%は黒人中流層なのだ。まるでこのレストランだけがハーレムにトリップしたかのよう。


 この店が黒人に人気のある理由は、濃厚な味・ボリューム・価格だろう。しかもアッパーウエストはハーレムから近く、地下鉄でわずか数駅の場所にある。さらに、いったん黒人客の多い店として知られると白人は来なくなる。だからタイムズスクエア、ダウンタウンにあるBBQの別の支店も、このアッパーウエスト店ほどではないにしろ、やはり黒人客が圧倒的に多い。


 ところが白人の街にある、この「ほぼ黒人専用」レストランの内部には、また別のエスニック・ミステリーがある。ウエイター、ウエイトレスには圧倒的に黒人とヒスパニックが多い。ただしヒスパニックといってもドミニカンやプエルトリカンだ。ウエイターとは別に皿を下げたり、出前をしたりする下働きの職種を「バスボーイ」と呼ぶのだけれど、バスボーイはメキシコ人や南米出身者ばかり。


 ドミニカン、プエルトリカン、メキシコ人、南米各国人…実はすべてスペイン語を話すヒスパニック。けれどニューヨークのレストラン業界では同じヒスパニックの中にも厳然たる職種の線引きがある。ドミニカン、プエルトリカンはウエイター、ウエイトレスになれるけれど、他の国の出身者の多くはバスボーイにしかなれない。理由は、ニューヨークに移住してきた時期が早く、多数派でもあるプエルトリカンやドミニカンにはアメリカナイズされている人が多いのに比べ、メキシコや南米出身者には英語が苦手な人も多く、「いかにも中南米からの移民」というイメージを持たれているからだろう。(*) また彼らの中には不法移民が多く、従って給料の安いバスボーイとしてしか雇ってもらえないのだ。


 BBQでチキンをほおばりながらウエイターとバスボーイの会話を何気なく聞いていると、ある事に気付く。アフリカン−アメリカンのウエイター、ウエイトレスは当然、英語しか話さない。他方、バスボーイにはスペイン語のほうが達者な人が多い。ところがドミニカンとプエルトリカンは、英語とスペイン語のバイリンガルだ。彼らは客やアフリカン−アメリカンの従業員と話す時には英語、バスボーイに仕事を言いつける時にはスペイン語と、完璧に使い分けている。



 こういったマイノリティ社会の序列による雇用や、言葉の複雑なやりとりが、アッパーウエストという白人の街にあるレストランの内部で、日々繰り広げられているのだ。


(*)実際はどの移民グループにもアメリカに来たばかりの人と、アメリカ生まれの二世、三世が混在するが、南米各国からの移民は歴史が浅いのでプエルトリカンやドミニカンに比べると人口が少なく、まだ一世が多い。


Dallas BBQ
27 W. 72nd St. (bet. Columbus Ave. & Central Park West)
Tel: (212) 873-2004



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