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2002/06/14

ゲットー・ラッパーのリアリティ

 ハーレムの125丁目にあるスターバックスでコーヒーを飲んでいると、ハーレムのいろいろな人を見ることができる。


 若い女性ふたりが書類をはさんでミーティングをしている。ひとりはきちんと拠った細いドレッドロックで、眼鏡にビジネススーツ姿。もうひとりはキュートな短いツイスト・ヘアで、白いブラウスにタイトなスカート。


 常連の男性がチェスをしている。毎日のようにスターバックスの前でラジカセを鳴らして踊り、気が向けば店内で他の客とチェスをする。コーヒーは買わないけれど、店員も何も言わない。


 50年配の大柄な男性は、時々落ちてくるドレッドの髪束をかきあげながら、ひとりで新聞を読んでいる。ふとガラス越しに表を眺め、それから隣のテーブルの白人女性に声をかける。「あそこの、建築中のビルは何になるんだろう?」
 やはりひとりで新聞を読んでいた女性が答える。「さあ、知らないわねぇ」。それから相席していた私に尋ねる。「あなた、知ってる?」
 「デパートと銀行だって新聞に書いてあったけど」と答える。
 「あら、そうなの」と女性が言って、「デパートか」と男性が言い、それからふたりの間でひとしきり話が弾む。


 この店はガラス張りだから、125丁目とレノックス・アベニューの角を歩く通行人を眺めることもできる。買い物客、親子連れ、老人、セールスマン、ティーンエイジャー、アーティスト、宗教家…。通行人の多くはアフリカンーアメリカンだけれど、ここ数年、ラティーノが日ごとに増えている。若い白人や日本人も目立つようになってきた。アジア人の中でも足早に通り過ぎていくのは、ここのヘア&コスメの店に勤める韓国系か、テイクアウトの中華料理屋で働く中国系の若者たち。西アフリカからのブレイダー(美容師)たちは、今日もひがな一日客引きをしている。去年はみんなパステル・カラーの華やかなアフリカン・ドレスを来ていたのに、今年はダークな色合いが多い。きっと今年の流行なのだろう。メキシカン・シャーベットのワゴンを引っ張っているのは南米からの移民で、みんな小柄。ホットドッグの屋台は中東系。

・・・・・

 つい最近、ここの角に建つビルの外壁に、ラッパーSwizz Beatzの巨大ポスターが2枚貼られた。建物の壁一面を覆ってしまうほどのサイズゆえに、125丁目を歩いていると、いやでも目に飛び込んでくる。『有罪(Guilty)』と題されたシングルのほうは、刑務所の鉄柵の向こうに本人がアップで写っている。アルバム『ゲットー物語(G.H.E.T.T.O. Stories)』のほうは、ギャングやストリートの風景など、まさにゲットーを物語る絵がグラフィティ風に描かれている。



Swizz Beatz
Swizz Beatz/Guilty(有罪)


 発売前からかなり話題になっている作品だけれど、でも、この『有罪』と『ゲットー物語』の巨大ポスターは、ハーレムのいったい誰を象徴しているのだろう。誰がこのポスターに共感を覚えるのだろう。若者たちは、おそらくこれをクールだと思い、アルバムを買うのだろう。実際、ハーレムには『有罪』判決を受けて刑務所に入った経験のある人間は多いし、本物の『ゲットー』もハーレムの中にはある。けれど、スターバックスでビジネス・ミーティングをしていた女性たちや、新しいデパートの話題で盛り上がっていた中年の男女、8時間かけて他人のブレイドを編んでいるブレイダーや、一個50セントのシャーベットを小学生相手に売っているベンダーたちと、このポスターは一体どうつながるのだろうか。


 ゲットーで生まれ育った人間がゲットーを語ること自体は自然の成りゆき。けれど、ゲットーを語って成功したラッパーたちは豪邸に移り住むのに、そのアルバムを買う人間は相変わらずのゲットー暮らし。さらに、もはやゲットーではなくなった部分のハーレムに住む人間ですら、ゲットーを語るラッパーから“視覚の暴力”を受けなくてはならない。今、ゲットーを語るラッパーが持つリアリティとは、誰にとってのリアリティなのだろう。


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