映画『ベター・ラック・トゥモロウ』（ただしアジア系）

2003/04/21

映画『ベター・ラック・トゥモロウ』
　　今時のアメリカン・ティーンエイジャー（ただしアジア系）

　この映画は、まさに“ようやく作られた”作品だと言いたい。アジア系アメリカ人の若者たちが主人公なのだが、チャイナタウンのレストランで骨身を削って働いている貧しい移民ではなく、西海岸の裕福な家庭に生まれ育った“今時のアメリカン・ティーンエイジャー（ただしアジア系）”なのだ。

　キャッチフレーズは“優等生をナメるな Donﾕt Underestimate Overachievers”なのだが、オーバーアチーバーとはただの優等生というよりは“高学歴過ぎて（能力あり過ぎて）逆に使えない奴”といったニュアンスで、これがこの映画の本質をとても上手く言い表している。

　主人公のベン（Parry Shen）は成績抜群なのに、さらに頑張ってガリ勉をしている。そのうえ、あらゆる校内クラブに参加し（背が低いにも関わらず、バスケ部にすら！）、地域奉仕のボランティア活動までしている。でも性格は地味。親友は、いつもキレ気味のバージル（Jason Tobin）。片想いの相手は、可愛くて、やはり優等生のステファニー（Karin Anna Cheung）。

　そんなベンのハイスクール・ライフに、学校の人気者で頭もキレるダリック（Roger Fan）、ヤクザ系のハン（Sung Kang）が加わる。全員なんの不自由もなく育っているどころか、ベンとダリックに至っては優等生。ところがパーティで白人のクラスメートにアジア系であることをからかわれ、このあたりから４人は少しずつ軌道を外れていくのだった。

　満たされた日常生活を送っているが故に、逆に空虚な思いを抱く若者というテーマなら、ロバート・ダウニーJr.主演の『レス・ザン・ゼロ』(87)があった。こちらの主人公の虚無感ときたら半端ではなく、もうどうしようもなかった。それは＜白人・金持ち・ハンサム・頭脳明晰＞と、全てがパーフェクトに揃っていたからだろう。自分で自分に安心できないのだ。

　他方、『ベター・ラック・トゥモロウ』の少年たちはアメリカに於いてはマイノリティであり、そこに逆に多少の救いがあるような気がする。優等生としてすでに完璧に近く、そこから来る虚無感を感じながらも、さらに頑張るベン。けれどアジア系ゆえに完全無欠にはなれないことに苛立ちを感じ、加えて性格のおとなしさも障害になっていると自覚しているベン。しかし観客はベンが完全ではないからこそ安堵感を覚える。その証拠に、ステファニーのボーイフレンドのスティーブ（John Cho）もアジア系だが富豪の息子で、つまり主人公の４人よりも完璧度が高く（実はルックスは完璧とは言えないのだけれど、作品ではとにかく「彼は完璧」ということになっている）、それゆえに４人よりも大きな虚無感を抱いている。しかし観客はスティーブの歪みを理解するが、好きにはなれないのだ。（スティーブはマイノリティであることになんのひっかかりも感じていないのだろうか？）

　ところで、マイノリティにはマジョリティである白人の知らない苦労がもちろんある。特にアメリカに住む中国系、韓国系は一般に親がとても教育熱心で、子供に高等教育を受けさせ、その出世を願う。先日、中国系アメリカ人の歴史を綴ったドキュメンタリー・シリーズ『アメリカ人になること　Becoming American』がPBS局で放映されたが、その中で若い女性がこう言っていた。「有名大学院の面接で『この大学院に入ることがあなたの望みなのですね』と訊かれた時、正直言って分からなかった。親が望むからそれまで一生懸命に勉強してきたけれど…」。

　親の期待というプレッシャー、恵まれた生活、なのに味わわざるを得ない人種差別。“今時のアメリカン・ティーンエイジャー（ただしアジア系）”には、同じマイノリティではあっても黒人やラティーノとは違うメンタリティがあるに違いない。

　なお、私はタイムズスクエアのシネコンでこの作品を観たのだけれど、観客の99％は若いアジア系。黒人を２人見かけた。白人はいたのかな？　場内は暗くて完全には見渡せませんでしたが。

※この作品は2002年のサンダンス映画祭で好評を得、MTVが配給元となって現在公開中。監督はジャスティン・リン
公式サイト　http://www.betterlucktomorrow.com/

“今時のアメリカン・ティーンエイジャー（ただしアジア系）”
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　の10年後の姿？

　先週の日曜日、12日の未明に奇妙な殺人事件がイーストビレッジで起こった。ゲルニカという若者が集まるバーで、タバコを吸っていた客に注意をしたバウンサーが刺し殺されたのだ。

　バウンサーというのは、映画でよく見かける、クラブなどの入り口や中に立っている用心棒のこと。映画ではたいてい大柄で筋肉隆々の黒人男性だが、今回の事件で亡くなったのも195センチという巨躯の黒人、ダナ・ブレイク（31歳）。

　ニューヨークでは新しい条例によって今月からバーも禁煙となってしまったため、それを無視した客と、職務に忠実だったバウンサーが揉めたのだが、事後の成り行きがなんとも不思議。

　当初、バーで開かれていたパーティに参加し、タバコを吸っていたジョナサン・チャン（29歳）と、その兄チン（アラン）・チャン（31歳）、姉ンガン・リン（アリス）・チャン（33歳）が逮捕されたものの、目撃者なしとして釈放。その後、３人の父親はチャイナタウン・マフィアの元リーダーで、現在は殺人と恐喝の罪で獄中にいることが報道された。ちなみに３人はストックブローカー、医学生、簿記係。

　そして後日、やはりパーティに参加していたフィリピン系の男性イザイアス・ウマリ（31歳）が犯人として逮捕された。ウマリはいったんは逃走したものの、翌日バウンサーが亡くなったことを知ると両手首と首筋を切って自殺を図ったが軽傷に終わり、今は拘留されている。ウマリの両親もニューヨーク・クイーンズのフィリピン系社会では知られた存在で、ウマリ自身は“カリ”と呼ばれるフィリピンの過激なマーシャルアーツを習得している。凶器のナイフは未だに発見されていない。

　亡くなった人物は誰であれ「いい人だった」と言われるが、バウンサーのダナ・ブレイクは本当に万人に愛された人物だったようだ。それはニュースでインタビューされる近所の住人や同僚の口ぶりから分かるし、友人たちは彼の葬儀費用２万ドルをカンパしたそうだ。

　ウマリは“物静かな人物”と言われている。しかしチャン兄弟の人格の描写はどこにもない。元ギャング・リーダーの子弟とあっては、チャイナタウンでは誰も喋らないのかもしれない。しかし彼らの同僚やクラスメイトは？

　さて、チャン家の子供たちもまた満たされない思いを抱いたアジア系オーバーアチーバーズなのか。それとも単なる大物ギャング二世なのか。はたまた、本当にウマリが犯人で３人はぬれぎぬを被せられただけなのか。いずれにせよ、ウマリもまたアジア系だ。

　米英軍がバグダッドに侵攻した際、フセイン像の顔に星条旗を被せたエドワード・チン伍長は、10歳の時にミャンマーからニューヨークにやって来た移民だった。アジア系アメリカ人は変わりつつある。確かに。

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