NYBCT

2003/05/01

映画『レイジング・ヴィクター・ヴァルガス』
ラティーノ・コミュニティのチャーミングな笑顔



 映画「レイジング・ヴィクター・ヴァルガス」は、ニューヨークのロウアーイーストサイドのラティーノ・コミュニティが舞台となっている。マンハッタンの地図を見てもらえば分かるように、ロウアーイーストサイドとは細長いマンハッタンのほぼ北端の東側にある地区。そのまま西へちょっと歩けばリトルイタリーとチャイナタウンがあり、さらにそれらを超えればお洒落なSOHOへと出る。けれど映画「レイジング〜」の登場人物はすべてドミニカ系やプエルトリコ系の移民で、誰ひとりとしてSOHOのギャラリーでアートを鑑賞したりはしない。おそらくSOHOになど出掛けたこともないようなキャラクターばかりだ。


 ニューヨークとは小さなエスニック・コミュニティのパッチワークか、もしくはステンドグラスのような街。さまざまな色付きの布やガラス片の寄せ集めだ。誕生、成長、恋愛、出産、そして死。人生に於けるすべての事柄は、その小さなコミュニティの中で始まり、そして終わる。しかし、それは決して退屈で悲惨な人生などではなく、それどころかカラフルで、エネルギッシュで、ちょっと窮屈なこともあるけれど、大きな愛情に溢れている。


 時は夏〜おそらく夏休み。主人公はドミニカ系の16歳の少年ヴィクター。プロジェクトと呼ばれる低所得者用の公団アパートに祖母、弟、妹と共に暮らしている。祖母はドミニカ共和国で生まれ、ニューヨークに移民としてやって来た。ドミニカとはカリブ海に浮かぶ島国で、特有のトロピカルな文化と、かつての宗主国であったスペインの文化を併せ持つ。しかし島は貧しく、そのために大量の移民がニューヨークへと移住している。


 若い頃はドミニカで牛の乳搾りをしていたという祖母はニューヨークに来てからも働き者で、今は3人の孫をひとりで育てている。孫たちの両親、つまり祖母の娘か息子とその相手については語られない。


 スペイン語訛りの英語を喋り、敬虔なカソリック教徒である祖母は、女の子を追いかけ回してふらふらしているヴィクターが頭痛のたね。弟のニーノはヴィクターとうり二つだけれど、祖母のためにピアノを弾き、祖母のお供をして教会通いも欠かさないから大のお気に入り。末っ子のヴィッキーは兄ふたりとは母親違いで、口が達者で文句屋だが、まぁ、この子も大丈夫。ところが、まだまだ子どもだと思っていた弟ニーノや妹ヴィッキーまでが急に色気づき始め、これはすべて不良のヴィクターの影響だと思い込んだ祖母は非常手段に出た…。


 実際のところ、ヴィクターはどこにでもいる16歳の少年。女の子のことが気になって当然の年頃であり、不良などではない。ニーノやヴィッキーにしても、まだまだ可愛いもの。けれどそれに我慢できない祖母は3人を叱っては「さぁ、これからはまた“良い家族”に戻ろう」と言ってご馳走を作る。(といっても安っぽいハンバーガーだが、祖母にとってはドミニカの料理ではなく、アメリカのハンバーガーこそがご馳走なのだ)


 そんな祖母の小言をなんとかかわしながら、ヴィクターは親友のハロルドと無料の市営プールで泳いだり(正確には女の子の品定め)、自転車の中古部品が積まれている空き地でニワトリを飼ったりしている。他に行くところがない時は近所のボデガ(食料品屋)に出入りし、それでも時間が余るととうとうアパートに帰って弟と共有しているベッドに寝転がる。クーラーなどもちろんないから汗びっしょりだ。


 ヴィクターも、良い子であるはずの弟ニーノも、暑いから上半身はいつもハダカだ。生真面目な祖母もそれには何も言わない。ハーレムでも黒人の若者は時折ハダカでストリートを歩いているけれど、この兄弟ほどいつもハダカというわけではない。これが南洋ドミニカの島の習慣だとしたら、西洋のマナーとは相容れない文化だが、それがアメリカのラティーノ・コミュニティには今もまだ残っているということだ。

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 話は映画から逸れるけれど、ブロンクスやイースト・ハーレムといったニューヨークのラティーノ・コミュニティでは違法の闘犬や闘鶏が行われている。これはカリブ海の伝統で、先週もブロンクスの闘鶏場に警察の踏み込み捜査があり、約80人の逮捕者が出ていた。捜査にはA.S.P.C.A.(動物愛護協会)も同行していたという。闘鶏はニワトリにとって残酷な行いだから止めねばならないのだ。その通りかもしれないのだが、カリブ海の伝統を引き継いでいるコミュニティに西洋の常識による強制捜査を続けても、それは根本的な解決策にはなっていないような気もするが…。


 ちょっと笑えるのは、100人もの賭け客で賑わっていた闘鶏場の階下にあるボデガのラティーノ店員のコメント。「騒音もなかったし、警察が来るまで2階で闘鶏やってたなんて、知らなかったなぁ」。

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 それはさておき、映画には他にもヴィクターが夢中になる美人のジュディと、その親友のメロニー(プエルトリコ系)、太り気味の妹ヴィッキーに思いを寄せる、やはり肥満児カルロスが登場し、ラティーノ・コミュニティの楽しくて、にぎやかで、ちょっと切なくて、なんだかノスタルジックな夏の日々を彩ってくれる。


 ラスト近く、ヴィクターとジュディがアパートの屋上で語り合うシーンがある。背景にはエンパイア・ステート・ビルが見える。同じマンハッタンのオフィス街に建っているあのビルには、ロウアーイーストサイドからでも地下鉄に飛び乗れば20分もかからずに行けるだろう。けれどヴィクターやジュディや祖母やニーノやヴィッキーにとって、そこはまったく別の街なのだ。


Raising Victor Vargas 公式サイト
http://www.raisingvictorvargas.com



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