2005/04/16
ステップ!ステップ!ステップ!
Mad Hot Ballroom
from Washington Heights
相変わらずダンス映画の人気が高い。今週、ニューヨークでは「テイク・ザ・リード」の公開が始まった。
マンハッタンの高校で社交ダンスを教えている実在の教師ピエール・デュレインをアントニオ・ヴァンデラスが演じている。最初は社交ダンスなんて退屈だと思っていた生徒たちはデュレインに触発され、いつしかヒップホップ・ダンスと社交ダンスのマッシュアップ(*)が始まるという物語。予告編を観る限りでは、ダンスシーンはなかなか面白そうだ。
*マッシュアップ=音楽やダンスなどで異なるジャンルをミックスし、新しいフレイバーを作り出すこと。最近の流行語
■「ステップ!ステップ!ステップ!」
この「テイク・ザ・リード」の子ども版ともいえる作品が「ステップ!ステップ!ステップ!」だ。ニューヨークでは昨年公開され、低予算のドキュメンタリーながら、予想をはるかに上回るロングランとなった。
ニューヨークの公立小学校で5年生を対象に実施されている社交ダンス・コンクールがある。監督のマリリン・アグレトとプロデューサーのエイミー・シーウェルは参加60校の中から3校を選び、練習風景、子どもたちや家庭の様子、そしてコンクール決勝戦を追っていく。
選ばれた3校のうち、もっともフィーチャーされているのは、マンハッタンのワシントンハイツにある第115小学校。ハーレムの北部に広がるワシントンハイツは、住人のほとんどがカリブ海にあるドミニカ共和国からの移民。英語よりもスペイン語が普及しているエリアだ。
あとの2校は、そもそもはイタリア系コミュニティだったところに、今は大量の中国系が移り住んでいるブルックリンのベンソンハーストにある第112小学校と、マンハッタンのダウンタウン、トライベッカの第150小学校。
ダンスシーンの楽しさもさることながら、この作品の見どころは子どもたちへのインタビューだ。同じ10歳の小学生であっても、人種、暮らしているコミュニティ、家庭環境によって驚くほど異なる生活を送っている。
■異なる3つのコミュニティ in ニューヨーク
「絶対にこの作品を作り上げよう!」と監督に思わせたのは、リサーチ段階で訪れたトライベッカの小学校の男の子だったという。
教壇に立ち、ドキュメンタリー映画とは何かを分かりやすく説明した監督は、子どもたちに「何か質問はないかしら?」と尋ねた。すると、ひとりの男の子が手を上げ、「君たち、配給会社はもう決まってるの?」と訊いたという。ロバート・デニーロが映画会社を立ち上げたことによって開発が進み、今やオシャレなエリアとなったトライベッカ。子どもたちの親にも映画関係者がいるのだ。
高等教育を受け、高収入な仕事に就いている親には、子どもを大人のように扱い育てる者がいる。よちよち歩きの頃から親の仕事、社会の事象などを語り聞かせる。子どもが無理を言い出すと、叱らずに理論だった説明と説得をする。もちろん、赤ちゃん言葉はご法度で、会話は全て大人のボキャブラリーで行われる。だから子どもたちの態度・物言いが驚くほど大人びていく。
こういった親たちの多くはリベラルで、トライベッカは人種の混じったエリアでもある。人種・エスニックによる棲み分けが徹底しているニューヨークで、黒人、白人、アジア系が同じクラスにいる風景は、とても新鮮だ。
ベンソンハーストの中国系の子どもたちが、もっとも純粋な子どもらしさを持っていたと監督は映画の製作日誌に書いている。子どもたちはアメリカ生まれであっても、親は中国からの移民であり、家庭の中では中国の習慣や子育て法が活きている。アメリカの子どもたちが失いがちな純真さを、移民の子どもはキープしやすいのだろう。プリシラというアメリカ名を持つ子、ジャイ・ウェンという中国名を持つ子が家の玄関口に座り、おっとりした口調で「ねぇねぇ、男の子ってヤだよねー」とおしゃべりしている風景は、とても微笑ましい。
■ワシントンハイツ〜ラティーノの街
ワシントンハイツの小学校でダンスコンクールに参加している子どもたちは、全員がドミニカ系。現在、ニューヨークで人口増加率がもっとも高いエスニック・グループだ。ドミニカからの新着移民は毎日のようにニューヨークに押し寄せていて、その多くが、すでにワシントンハイツで暮らしている家族、親戚を頼ってやって来る。
島の貧しさゆえにニューヨークに移住した移民たちは、当然、ニューヨークに暮らし始めてもなかなか豊かになれない。第115小学校に通う子どもたちの97%は貧困家庭で育っていると校長先生が言う。
貧困は家庭内にさまざまな問題を生む。コンクールに参加する5年生の少女たちは、それらの問題をすべてつぶさに見ながら毎日暮らしている。
「お父さんは浮気してばっかりだから、離婚するようにママに言ってるの」
「結婚したい相手はね、ちゃんと教育を受けて、将来有望で、私を尊敬してくれる人」
「いつか結婚して子どもも欲しいけれど、1人しか生まないわ。だって家には兄弟姉妹が多すぎて、もう大変なの」
この女の子たちに中には、感情をコントロールできず、すぐに怒りを爆発させる子がいる。男の子の中にはストリートギャングと付き合い、学校から落ちこぼれる寸前の子もいる。グループ活動であるダンスのレッスンに馴染めない子もいる。
けれど、この子たちにはラテンの血が流れている。ダンスがなくては何も始まらないラティーノ。社交ダンスはメレンゲ、ルンバ、マンボ、チャチャチャなど、ラテン・ダンスをヨーロッパ人が様式化したもの。ラティーノたちが普段踊っているダンスとは多少スタイルが違うとはいえ、ラテン音楽のリズムは、この小学生たちにも染み込んでいる。
それはワシントンハイツを歩いてみれば一目(耳?)瞭然。ハーレムを抜けて160丁目界隈に入ると、途端に街のあちこちからメレンゲが聞こえてくる。ぎっしり並んでいるドミニカ料理のレストランやカリブ海の食材を売るマーケット、アパートの窓や通りすぎる車のカーステから、ラテン音楽は途切れることなく流れている。若者たちはレゲトンの海賊版CDを道端で品定めしている。
こんな環境で育つドミニカ系の子どもたちは、社交ダンスコンクールではやはり有利だ。生まれた時から聞きなれた音楽で生き生きと踊る。カラフルで、ちょっとセクシーな衣装もよく似合っている。
自身もドミニカ系であるダンス教師が言う:コンクール参加のメンバーは、問題のある子を選んである。何人かの子は、レッスンを始めてから驚くほど変った。ストリートギャングになりそうだった男の子は、今ではジェントルマンだし、すぐに怒りを爆発させていた女の子は、長い間、問題を起こしていない。けれど、中には落ちこぼれてしまった子もいる。
「全員を救うことは出来ないわ。私は私のベストを尽すだけ」
ワシントンハイツ第115小学校の子どもたちは、ダウンタウンで行われた決勝戦に進出し、果たして優勝するのだった。審査結果がアナウンスされた瞬間の子どもたちの歓喜! 叫んで、飛び上がって、抱きあって、笑って!
「ステップ!ステップ!ステップ!」はニューヨークのエスニック社会の複雑さと、そこに生きる子どもたちの可能性の大きさを、ダンスを通して写し取ってみせた秀作だ。
「ステップ!ステップ!ステップ!」公式ウエブサイト 日本語
■■■■■■ ドミニカ系も含む、移民法改正法案・反対デモ ■■■■■■■現在、アメリカは移民取り締まり強化の法案に関して、大揺れに揺れている。議会は、全米に1100万人いる不法移民(ビザなしの不法滞在者)を犯罪者とし、国外退去させることを主張する派と、不法移民の労働力なしではアメリカ経済が立ち行かないことを踏まえ、なんらかの滞在資格を与えようという派に別れている。
これまで表に出ることが一切なかった不法移民たちは、取り締まり強化策に反対するためについに立ち上がり、大規模なデモを続けている。全米規模ではメキシコ移民が圧倒的多数だが、ニューヨークではワシントンハイツに暮らすドミニカ移民もマジョリティ。4月10日に彼らも参加してニューヨークで行われたデモの写真をウエブサイトにアップしました。
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