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アーム&ハマー
〜Arm & Hammer〜
アメリカンブランド こぼれ話 #12


 アメリカ中の家庭にあって、食品でもあり、薬でもあり、洗剤でもあるものってな〜に? 答えは、アーム&ハマー印のベーキング・ソーダ。アーム&ハマーと言われてピンと来ない人も、カナヅチを振り上げた逞しい腕のトレードマークを見れば、「ああ、知ってる、知ってる!」と思うはず。

 ちなみにベーキングソーダとは、一般的には「ふくらし粉」または「重曹(じゅうそう)」と呼ばれる白い粉末で、正式名称は「sodium bicarbonate 重炭酸ナトリウム」。

 今をさかのぼること157年前、時は19世紀半ば。ニューイングランド地方に住んでいたジョン・ドワイトと、その義兄で、イエール大学で医学を学んだオースティン・チャーチ博士は、ドワイト家の台所で重炭酸ナトリウムの袋詰め作業を行っていた。この粉末は、材料に混ぜるとケーキやクッキーなどの焼き菓子がふんわり仕上がることから「ベーキングソーダ=ふくらし粉」として知られていたのだが、商品として流通させたのは、このふたりが初めてだった。翌年にはジョン・ドワイト&カンパニーが設立され、ウシのマークが商標として採用された。

 会社は順調に成長したが、さらに大規模な拡張を思い立ったチャーチ博士は、1867年に息子ジェームスを招き入れ、チャーチ&カンパニーを設立する。この時、なぜチャーチ博士がパートナーのドワイトと袂を分かち、自身の会社を設立するに至ったかは明らかにされていない。

 それはさておき、息子ジェームスは、父親の事業に参入するまでは香辛料の会社を経営しており、その会社で使っていた<アーム&ハマー>のトレードマークを、この新会社でも使うことにした。マークの中央に描かれているアーム(腕)は、ローマ神話に登場する火の神バルカンのもので、ハマー(カナヅチ)で鉄を打ち付けているのだと言う。

 こうして<ウシ印>と<腕&カナヅチ印>のふたつのベーキング・ソーダ会社は約30年間に渡って競合を続けたが、1896年には更なる事業の拡大を目指して合併し、チャーチ&ドワイト・カンパニー・インクとなった。もっとも、この時には創設者のドワイトとチャーチ博士は共に亡くなっており、ふたりが生前に和解したかどうかは、今もって不明だ。

 合併以前も以後も、同社のベーキングソ−ダは100%重炭酸ナトリウムであり、製品の質や成分に変化は一切ない。しかし、当初はふくらし粉、つまり食品としてのみ使われていたものが、やがて洗浄・脱臭効果や医薬品としての効能もあることが確認され、家庭用品へと変化していく。思いもかけない使用法が次々と考案され、ウエブ上で公開されている使用法リストには50種もの用途が並んでいる。その一部を挙げてみると……

洗剤として、ステンレス製品、浴槽、野菜などに振りかけて使う/漂白剤として、洗剤と共に洗濯機に入れる/脱臭剤として、ゴミバケツ、ネコのトイレなどに振りかける/アルカリ剤として、プールの水に混入する/制酸薬として、ムネ焼け時に水に溶かして飲む/かゆみ止めとして、少量の水を加えてペースト状に練り、虫刺されなどに塗る

 ベーキングソーダの紙箱を手にとってよく見てみると、側面には食品成分表が、もう一方には薬品成分表が、そして裏面には洗剤としての使用説明法が印刷されている。アーム&ハマー印のベーキングソーダは、アメリカの生んだ驚くべき家庭万能品なのだ。


U.S. FrontLine2003年3/5号掲載
禁転載




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