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ラティーノ!!
米国最大のマイノリティ

5)ラテン・パワー炸裂! ボデガ


 ニューヨークのラティーノ・コミュニティーには無数のボデガがある。ボデガ(bodega *1)とはスペイン語で、本来はワイン醸造所、または酒蔵を指す。ところが、ここニューヨークでは、ラティーノが経営する街角の小さな食料品屋を意味する。



*ボデガ …… ニューヨークでは、小さな食料品店の中にサンドイッチなどを作って出すカウンターもある店をデリ(deli)と呼ぶ。ドイツ語のデリカテッセンを縮めたものだ。しかし近年、ラティーノが経営する同様の食料品店が増え、彼らはこういった店をスペイン語でボデガと呼ぶ。この名称が徐々に広まり、現在ではデリとボデガの両方が定着。ボデガ協会という団体も出来、ニューヨーク・タイムズ紙なども、ラティーノが経営する店の場合はボデガ、それ以外はデリと使い分けている。ただし、店の看板にBodegaと書かれることはほとんどなく、従来どおりDeli, Grocery, Mart, Marketなどと表記されている。考えてみれば、不思議な現象だ。



 狭い店内にはパン、缶詰、調味料、ポテトチップ、ジュース、ビール、それに洗剤などの生活用品がぎっしり。食料品の棚の上にはトイレットペーパーや紙オムツが天井に届くまで積まれている。レジ・カウンターには「タバコのバラ売りなし」との貼り紙。多くのボデガで1本25セントで売られているのだが、実は違法なのだ。カウンター背後の壁には電池や風邪薬など、比較的“高価”な商品が、これまた所狭しと置かれている。いかにもラテンな商品としては、ココナッツの揚げ菓子や、プランテーンと呼ばれる料理用バナナ。要は雑貨屋なのである。


 こういったボデガには、店を起点に半径2ブロック以内の住人がやって来る。なぜなら、徒歩3分の距離には、また別のボデガがあるからだ。


 小さな子どもを連れた若い母親が、食パン、缶入りハム、子どものための無名ブランド・ジュースを買っている。計3ドル50セント也。隣の美容院で髪をセット中の女性が、頭にカーラーを巻いたままスナックを見繕っている。学校帰りの小学生が買い食いにやって来た。大きなガラス瓶に入ったピクルスを1本買い、ペーパーナプキンにくるんでもらって齧りつくのだ。長さ15センチ、直径4センチ程度のピクルスを見た女の子は、「ワァ〜オ! これ、何かに似てない?」と友達に見せ、ふたりでげらげら笑い出した。小学生である。先が思いやられる。


 ここの経営者はドミニカ系の夫婦。父ちゃんは英語をかなり話すが、筆者を見ると、なぜかいつもスペイン語で、やたらと楽しそうに話しかけてくる。「ムゥ〜チョ、ムチャチャ!」。いまだに意味は知らない。母ちゃんの英語は、そこそこ程度。店をよく手伝っている10歳くらいの娘は、ニューヨーク育ちだから完璧なバイリンガルだ。


 こういったボデガは、コミュニティの社交場でもある。店によっては店内で大音量のラテン音楽がかかっている。店の表には常連客が日がな一日座っている。先日、別のボデガの前を通り過ぎた際には、店の入り口右側に、老人用歩行器に座ったお爺さんと、杖をついたお爺さんがいて、立ち話をしていた。ふたりとも白いハンチング帽と開襟シャツがなかなかイキである。昔はきっと週末毎にラテン・クラブで踊り明かし、歯の浮くようなスペイン語で女性を口説いたりしていたのだろう。


 向かって左には、ミルク・クレート(牛乳の紙製カートンを詰める搬送用のプラスチック・ケース)に座ったお爺さんがふたり、やはり、のんびりと話をしている。


 この“ボデガの店先でミルク・クレートに座る”のがニューヨーク・スタイル。ボデガの店主も何も言わないし、逆に店が賑わっている証拠と言える。ところが、予算逼迫でにっちもさっちも行かなくなったニューヨーク市は、一般市民の些細な違反行為に対してキップを切り、罰金を課すという行為に出始めた。6月にはニューヨークのブロンクスで、ミルク・クレートに座っていたラティーノ青年が50ドルの罰金を払うハメとなった。翌日の地元新聞一面トップに、本人がミルク・クレートに座ったまま、違反キップを得意そうにヒラヒラさせている写真がデカデカと載った。この楽天性はさすがラティーノである。お爺さんたちもまた、そんな“事件”は一切気にせず、今日もまたミルク・クレートに座り続けている。


 こうのようにラテン・コミュニティーには必要不可欠なボデガだが、時にはドラッグ・ディーラーの倉庫代わりに使われることもある。密告者からの情報をキャッチしたNYPD(ニューヨーク市警)が強制捜査をすると、コーラや食パンの背後から大量のドラッグや現金が出てくるのだ。


 犯罪発生率の高さは、低所得ラティーノ・コミュニティーの抱える大きな問題のひとつだ。筆者がボデガ巡りをしている時にも、実は警察の捜索現場に鉢合わせた。交差点に制服私服合わせて10名の警官が出ており、通行人に“聞き込み”をしている。自転車に乗った若い男性が通り過ぎようとしたところ、私服の女性刑事が引き留め、身体検査を始めた。刑事はノーメイクの若いラティーノ女性で、ニューヨーク・ヤンキースのシャツにジーンズ姿。いかにもタフそうだ。マイノリティ・コミュニティー内部の捜査は、言葉が通じ、地元の事情にも精通した警官でなければ勤まらないのだ。


 引き留められた男性のポケットからは結局、何も出てこず、無罪放免となったが、ここで筆者も「なんでもないから、帰りなさい」と追い払われてしまった。


 とはいえ、ほとんどのボデガは善良で勤勉なラティーノ移民によって経営されている。勤勉ついでに深夜営業する店も多いのだが、これがケチな強盗犯にとっては恰好のターゲットとなり、時には店員が撃たれて亡くなることもある。そうすると、近所の住人はシャッターの降りてしまった店の前に花やロウソクを飾り、「いつも朗らかな人だった」「お金のない時はツケで買い物をさせてくれた」と、故人となった店主を偲ぶ。どうしようもなく残念なことだが、ボデガがコミュニティーにとって、どれほど大切なものであるかが、こういう時に分かるのだ。


 少々しめっぽくなってしまったが、ニューヨークに何百軒とあるであろうラティーノ・ボデガは、今日もカラリと元気に営業中だ。




U.S. FrontLine No.190(2003/07/20号)掲載記事
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